このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~
「……リベルト様、お待たせしました」
俯きがちに、フィリスがリベルトの前で立ち止まる。
「あの、素晴らしいドレスをありがとうございます。びっくりしました。まさかリベルト様が用意してくれるなんて……」
フィリスのことだから、買ってあげると言っても絶対に断られるとわかっていた。フィリスは人の世話を焼くのには全力だが、自分がなにかされるのは遠慮する傾向がある。彼女が給料のほとんどを実家に仕送りしているのも、アルバから聞いていた。
そのためリベルトは、当日までフィリス用にドレスを買った事実を伏せていた。変に気遣いに対する罪悪感を抱かれたくなかったから。
「変じゃないですか?」
不安げにフィリスがリベルトを上目遣いに見つめる。
リベルトが着ている濃紺に、夕焼けの赤を混ぜたような紫色のシルクドレスは、フィリスが僅かに動くたびに星々が瞬くような光をキラキラと放っている。胸元から肩にかけて透明感のある薄いオーガンジーが広がり、優美で上品な印象だ。
髪の毛はゆるく巻かれ、ハーフアップに。全体的に品があり、リベルトはフィリスが貴族令嬢だというのを改めて思い知った。
「想像以上だ」
「はい?」
「可愛すぎて誰にも見せたくない」
独占欲を掻き立てられるフィリスのその姿を、リベルトは必死に目に焼き付ける。
フィリスは大きな瞳を一層丸くさせて、ピンクの口紅が塗られた唇よりも頬を色濃く紅潮させた。
「……私より素敵な人は、きっとこの会場にたくさんいますよ」
しかし、すぐに視線を斜め下に落としてしまう。
その言葉が照れ隠しなのか、控えめな性格から出たものなのか、リベルトは正確に判断できなかった。それでも、リベルトの中で彼女より素敵な人など存在しないということだけは、明確に答えが出ていた。
会場に入ると、既にたくさんの人で溢れ返っている。
同僚たちがひと時の息抜きを存分に楽しんでいる様子を横目に、リベルトとフィリスはとりあえず飲み物を取りに行こうと群衆をかき分けていく。
「す、すごいですね。こんなにたくさん人が集まる社交場があるなんて……小さなお茶会くらいしか経験がないので、別世界にトリップしたような気分です」
「魔法騎士はともかく、騎士団と魔法団にはそれなりの人数がいるからな。加えて招待された貴族も参加するとなれば、毎年これくらいにはなる」
気を付けないとあっという間に離れ離れになりそうな人の群れに、リベルトはフィリスの手を握ろうと手を伸ばそうとする。
「リベルト様!」
そのとき、ちょうど三人組の令嬢に話しかけられた。どの女性も派手に着飾っており、あらゆる香水が混ざりあったにおいがして鼻が混乱している。
「お会いできて嬉しいです」
「最近も相変わらずのご活躍とお聞きしましたわ」
「よければゆっくりお話しいたしませんか?」
見覚えのない女性に誘われたところで、リベルトが乗るはずもない。
(ああ、これだから慰安会は嫌なんだ。毎年毎年、どこぞの貴族令嬢たちが狩りをするような目をして話しかけてくる)
魔法騎士団の副団長という立場になってからは、その肩書に目がくらんだ令嬢たちがこの慰安会を機に自らに近づこうとしてくる。その目はまるで、獲物を見つけた魔物そのものだ。
「すまない。退いてくれないか」
「えぇ。そんなつれないことを仰らずに。私たち、リベルト様と仲良くなりたいのです」
ここで退かないということは、彼女らもそれなりに自分の地位や美貌に自信があるのだろう。
いつもなら「話す時間はない」と言ってこの場を切り抜けていたが、せっかくなので、以前教わった女性のあしらい方を実行してみることにした。
「気になる人がいる。その人に時間を使いたいんだ。君たちの気持ちには応えられない」
予想だにしない返答だったのか、令嬢たちは言葉を失い、全員揃って目を見開いた後、互いの顔を見合わせ合う。
「申し訳ないが、そういうことだ。……行こう。フィリス」
彼女らが返す言葉を見つけられていない間に、リベルトは今度こそフィリスの手を引いて歩き出す。しばらくして「お、お待ちください!」という声が聞こえたが、聞こえないふりをして歩き続けた。
「フィリスとのコミュニケーショントレーニングが役立った」
黙ったままのフィリスのほうに顔を向け、リベルトは口の端を上げた。
「うまくできていたか?」
フィリスはなにも答えないで、神妙な面持ちを浮かべている。
「……フィリス? どうかしたか?」
コミュニケーショントレーニングは忘れてくれ、と言われたばかりなのに、実践したのを怒っているのだろうか。
俯きがちに、フィリスがリベルトの前で立ち止まる。
「あの、素晴らしいドレスをありがとうございます。びっくりしました。まさかリベルト様が用意してくれるなんて……」
フィリスのことだから、買ってあげると言っても絶対に断られるとわかっていた。フィリスは人の世話を焼くのには全力だが、自分がなにかされるのは遠慮する傾向がある。彼女が給料のほとんどを実家に仕送りしているのも、アルバから聞いていた。
そのためリベルトは、当日までフィリス用にドレスを買った事実を伏せていた。変に気遣いに対する罪悪感を抱かれたくなかったから。
「変じゃないですか?」
不安げにフィリスがリベルトを上目遣いに見つめる。
リベルトが着ている濃紺に、夕焼けの赤を混ぜたような紫色のシルクドレスは、フィリスが僅かに動くたびに星々が瞬くような光をキラキラと放っている。胸元から肩にかけて透明感のある薄いオーガンジーが広がり、優美で上品な印象だ。
髪の毛はゆるく巻かれ、ハーフアップに。全体的に品があり、リベルトはフィリスが貴族令嬢だというのを改めて思い知った。
「想像以上だ」
「はい?」
「可愛すぎて誰にも見せたくない」
独占欲を掻き立てられるフィリスのその姿を、リベルトは必死に目に焼き付ける。
フィリスは大きな瞳を一層丸くさせて、ピンクの口紅が塗られた唇よりも頬を色濃く紅潮させた。
「……私より素敵な人は、きっとこの会場にたくさんいますよ」
しかし、すぐに視線を斜め下に落としてしまう。
その言葉が照れ隠しなのか、控えめな性格から出たものなのか、リベルトは正確に判断できなかった。それでも、リベルトの中で彼女より素敵な人など存在しないということだけは、明確に答えが出ていた。
会場に入ると、既にたくさんの人で溢れ返っている。
同僚たちがひと時の息抜きを存分に楽しんでいる様子を横目に、リベルトとフィリスはとりあえず飲み物を取りに行こうと群衆をかき分けていく。
「す、すごいですね。こんなにたくさん人が集まる社交場があるなんて……小さなお茶会くらいしか経験がないので、別世界にトリップしたような気分です」
「魔法騎士はともかく、騎士団と魔法団にはそれなりの人数がいるからな。加えて招待された貴族も参加するとなれば、毎年これくらいにはなる」
気を付けないとあっという間に離れ離れになりそうな人の群れに、リベルトはフィリスの手を握ろうと手を伸ばそうとする。
「リベルト様!」
そのとき、ちょうど三人組の令嬢に話しかけられた。どの女性も派手に着飾っており、あらゆる香水が混ざりあったにおいがして鼻が混乱している。
「お会いできて嬉しいです」
「最近も相変わらずのご活躍とお聞きしましたわ」
「よければゆっくりお話しいたしませんか?」
見覚えのない女性に誘われたところで、リベルトが乗るはずもない。
(ああ、これだから慰安会は嫌なんだ。毎年毎年、どこぞの貴族令嬢たちが狩りをするような目をして話しかけてくる)
魔法騎士団の副団長という立場になってからは、その肩書に目がくらんだ令嬢たちがこの慰安会を機に自らに近づこうとしてくる。その目はまるで、獲物を見つけた魔物そのものだ。
「すまない。退いてくれないか」
「えぇ。そんなつれないことを仰らずに。私たち、リベルト様と仲良くなりたいのです」
ここで退かないということは、彼女らもそれなりに自分の地位や美貌に自信があるのだろう。
いつもなら「話す時間はない」と言ってこの場を切り抜けていたが、せっかくなので、以前教わった女性のあしらい方を実行してみることにした。
「気になる人がいる。その人に時間を使いたいんだ。君たちの気持ちには応えられない」
予想だにしない返答だったのか、令嬢たちは言葉を失い、全員揃って目を見開いた後、互いの顔を見合わせ合う。
「申し訳ないが、そういうことだ。……行こう。フィリス」
彼女らが返す言葉を見つけられていない間に、リベルトは今度こそフィリスの手を引いて歩き出す。しばらくして「お、お待ちください!」という声が聞こえたが、聞こえないふりをして歩き続けた。
「フィリスとのコミュニケーショントレーニングが役立った」
黙ったままのフィリスのほうに顔を向け、リベルトは口の端を上げた。
「うまくできていたか?」
フィリスはなにも答えないで、神妙な面持ちを浮かべている。
「……フィリス? どうかしたか?」
コミュニケーショントレーニングは忘れてくれ、と言われたばかりなのに、実践したのを怒っているのだろうか。