このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~
「どうしたんですか!? 具合が悪いんですか? それともどこか痛みます?」
 フィリスはしゃがみ込んで、男性の様子を窺う。
「……構わないでくれ」
「え?」
「俺に、構うな」
 小さな声で男性はフィリスに告げた。
 構うなと言いつつ、男性はそこから動こうとしなければ、立ち上がろうともしない。
「申し訳ございませんが、目の前で倒れておいて、〝構うな〟なんて無理な話です」
「……」
「失礼します。よいしょ……って、見かけによらずちゃんと重い!」
 パッと見では背は高いが身体は細かったため、そんなに重くないだろうと考えていた。しかしいざ起き上がらせるとそれなりに重い。着ている軍服の下に、どれだけの筋肉を隠しているのか。
「家まで送ってあげるから、場所を教えてください」
「……ここ真っすぐ歩いて……最初に見える、赤い屋根の……」
 男性はそこまで言うと無言になり、数秒後には寝息を立て始めていた。
(し、信じられない! こんな状況で寝るなんて!)
 フィリスは男性に肩を貸すのに精いっぱいで、鞄を抱える余裕がない。だが、こんな道のど真ん中に置いて行くわけにもいかなかった。田舎と違い、都会では盗難も多いと聞いた。鞄を奪われれば、フィリスは一文無しで着替えも食べるものもなくなる。
「姉ちゃん、困ってるなら手伝うぞ」
 そんなフィリスに、掲示板でフィリスと話した男性が声をかけてきた。
「いいんですか?」
「ああ。荷物の量的に、あんた出稼ぎだろう? 女がひとりで掲示板の前にいるなんて珍しくてな。いろいろたいへんそうだし、少しは協力させてくれ」
「ありがとうございます!」
 フィリスは倒れた黒髪男性を身体の大きな男性に担いでもらい、自分は鞄を持って赤い屋根の家まで向かった。家に着くと、身体の大きな男性は手を振って帰って行った。
 鍵を男性から受け取ろうと思ったが、扉に手をかけるとそのまま中に入れた。どうやら鍵をかけていなかったようだ。
「……なにこれ」
 部屋の中を見て、フィリスは驚愕する。
 あちこちに本と紙が散らばっており、床はほこりと丸まった紙屑の山。
 ベッドの上のシーツや毛布もぐちゃぐちゃで、テーブルには羽ペンが散乱し渇いたインクがこびりついている。
 汚い。とにかくその一言に尽きる。
 フィリスは一旦男性をソファの上に転がすと、これからどうしようかと考える。その間も男性は、まるで死んだような眠りについていた。
(このまま出て行ってもいいけど……この人がちゃんと起きるのかも心配だし……)
 目を覚ますまで、ここで待たせてもらってもいいだろう。そう思い、フィリスは寝ている男性に向かって話しかける。
「あの、よけいなお世話と思いますが、少し整理してもいいですか? 勝手になにか捨てたりはしないので」
 寝ているため、当たり前に返事はない。
「いいですね? では始めますからね」
 許可を得ていないのに、フィリスは男性が起きるまでの間、汚部屋の掃除と整理整頓をすることにした。
 散らばった資料はきっちりまとめ、インクのなくなったペンと紙屑はまとめて籠の中に。埃をはらい、こびりついたインクを濡らした布でふき取る。浴室の水カビも丁寧に擦り、キッチンもピカピカに。奥にある寝室はベッドの上にこれまた大量の魔法書が置かれていて、もはや寝室として機能していなかったため、すべて本棚に戻した。
本の山から顔を出したしわくちゃのシーツをピンと伸ばし、丸まっていた毛布をきちんと広げる。
それらすべてを終えた頃には、ここへ来て六時間以上が経過していた。
「……ん……」
「あ、目が覚めましたか?」
 床の掃き掃除をしていると、男性がうっすらと目を開けた。
「君、なにをして……構うなと言っただろう」
「ごめんなさい。あなたが心配だったんです。でも、無事目が覚めてよかった」
 まだ眠いのか、男性は少しぼーっとした表情をしている。
(……あんまりよく見てなかったけど、すごく綺麗な顔をしているわね。こんなイケメンがゴミ屋敷みたいな部屋に住んでるなんて……)
 意外すぎる。整った顔とのギャップがすごい。
「あの、私はフィリスといいます。あなたのお名前を聞いてもいいですか?」
「……教える必要がない」
「そうですか。だったらいいです」
 愛想の悪い男性を前にしても、フィリスはまったくこたえていない。ラウルの悪態に比べたら、こんなの可愛いものだ。
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