このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~

8 幸せの紫色

 慰安会を抜けたふたりは、ひとけのない王宮の庭を散歩していた。
 夜風にあたると、次第に頭が冷静さを取り戻していく。
「フィリス、大丈夫か?」
 言葉数が少ないフィリスの顔を、リベルトが心配そうに覗き込んだ。
「はい。リベルト様……来てくれてありがとうございます」
「いや。出過ぎた真似をしたならすまない。どうしても我慢できなかった」
「いいえ。来てくれて嬉しかったです」
 フィリスが足を止めると、リベルトも同じように立ち止まる。空はすっかり暗くなり、星が見守るように輝きを放っていた。
「……私のせい、ですよね」
「……? なにがだ」
「実家が襲われそうになった原因です。私の持つ魔法のせいで……みんなを危険に晒してしまった」
 いちばん悪いのはラウルだとわかっている。しかし、ラウルがそういった行動を取ったのは、領地経営を円滑に進めるために必要なフィリスを再度手に入れるため。
(私がきちんと農民を説得して、作業をやらせるべきだった。魔法を使わなければ、魔法に頼られることもなかったのに)
 当時のフィリスはずっと、自分の回復魔法が役立つ場所を求めていた。劣化魔法と言われ続けて、少なからずコンプレックスを抱いていたからだ。
 だから魔法で作物や花を回復させて、役に立てるのが嬉しかった。それかまさかこんな事態を引き起こすなんて……フィリスは軽率だったと後悔する。
「君のせいじゃない。この事実を知ったとしても、君の家族は俺と同じことを言うだろう」
「でも……もし今後、またラウル様が復讐でもしてきたら……」
「大丈夫。あいつはもう、悪さをする度胸なんて残っていない。それに……フィリスには俺がついている」
 リベルトは力なく垂れさがるフィリスの手を取ると、大きな手で優しく包み込む。
「この先なにがあっても、必ず俺が君を守ると誓う」
 だから安心してほしい。
 リベルトは落ち込むフィリスを勇気づけるように、目を細めて微笑んだ。
「……あ、あの花……」
 リベルトの視線が、フィリスの向こう側へと移る。
 振り向くと、庭に咲く花が枯れているのを見つけた。フィリスは黙って花の近くまで行くと、しゃがんで魔法を発動する。
 しおれた花は上を向き、月明かりを浴びてまた輝き出した。
「やはり、素敵な魔法だ」
 その過程を見守っていたリベルトが、フィリスの隣に屈んで花を見つめる。
「人は回復できませんけどね」
「それはほかにもできるやつが何人かいる。だけど、君の魔法は珍しい。植物たちにとってはフィリスが救世主だ」
 苦笑するフィリスを、リベルトが肯定してくれる。それだけでフィリスはとても満たされた気持ちになった。
 特別な眼差しを向けて、特別な言葉をくれる。そんなリベルトに、フィリスは強く心を揺さぶられていく。
「……さっきは、君を困らせて悪かった」
「……え?」
 そういえば、リベルトとは気まずい空気になっていたのをいまさら思い出す。
「あの後エルマーに怒られた。俺は最初、君にひどい態度を取っていたのに、好きになったとたんに求めすぎだと」
 その言葉が結構効いたのか、リベルトは自嘲する。
「誰かを好きになるなんて初めてで、想いが止められなかった。……フィリスにとって、俺はマイナスからのスタートかもしれない。でも、君が俺だけを見てくれるようになるまで諦めない」
 最初はあんなにぼろぼろだったリベルトが、今日は余所行き仕様なのも相まって、おとぎ話の王子様のように見える。
「……マイナスなんかではありません。ほかとは違うリベルト様だったからこそ、惹かれた部分はたくさんあります。前も言いましたよね。あなたはそのままで、じゅうぶん素敵だって」
 奇人といえば間違いないし、その行動には幾度となく驚かされた。
 だけどそんなリベルトだからこそ放っておけず、目が離せない存在になったのだ。今思うと世話焼きのフィリスと、ひとりでまともな生活も送れなかったリベルトは、相性がよかったのだろう。
「……私こそごめんなさい。リベルト様。ほかの女性と話すよう促したのには、理由があるんです」
 もう嘘をつけないと判断したフィリスは、アルバに頼まれてリベルトの婚約者探しを手伝っていた旨を打ち明けた。
「そういうことか……まったくアルバ団長はよけいな真似を……」
「私が断らなかったのが悪いんです。……できもしないことを、簡単に引き受けてはいけませんね」
「……フィリスは、俺にほかの女性と婚約してほしいと思ってるか?」
 リベルトはじっとフィリスを見つめ、優しい声で問いかける。フィリスがゆっくりと首を振ると、リベルトは小さな笑みをこぼした。
「知ってた。もししてほしいと言われても、絶対にその頼みは聞いてやらない」
 折っていた膝を起こし立ち上がると、リベルトはフィリスに手を伸ばす。
 その手を取ってフィリスも立ち上がれば、そのままリベルトの胸に引き寄せられた。力強い抱擁が、言葉がなくとも好きだと伝えてくれている。
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