このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~
「フィリスくん! ほんっとうに申し訳なかった!」
 慰安会の翌日。フィリスはアルバから呼び出されて何度も謝罪を受けていた。
 アルバは昨日アレンと酒を飲んでいたようで、酔いが回ったタイミングで、フィリスにリベルトの婚約者探しを頼んだ話をうっかりしてしまったらしい。
「アレンにめちゃくちゃ怒られたよ。リベルトの好きな人はフィリスくんなのに、なにを考えているんだって。君たちふたりの恋路の邪魔をするなってさ。あいつがなんでそんなことを知っていたかは謎だが……」
(……アレン様、馬車での話を聞いてたのね)
 会話を聞かれていたと思うと、次回アレンに会うのが恥ずかしくなる。
「気にしないでください。私も引き受けちゃったので……」
「いやいや。私があまりに鈍感すぎた。今朝リベルトにも君との関係を確認させてもらったよ。でも、これで一安心だ! 無事あいつの結婚が決まったんだからな!」
 これからも末永くリベルトを頼むぞ! と、アルバに肩をぽんっと叩かれ、フィリスの思考が停止する。
「アルバ団長、待ってください。私たち、まだ婚約すらしていないのですが?」
 互いに好きだと伝えあい、リベルトはフィリスと結婚したいと言った。それだけだ。両家に挨拶もしていない。
「……リベルトはフィリスくんと結婚すると言っていたが?」
 話が飛躍しすぎだと、フィリスは魔法騎士団へ来て何度目かわからないため息をついた。
「わかりました。後でリベルト様と話し合っておきます」
「おお。よろしく頼む。いやぁ、まさかフィリスくんとリベルトがそういう関係になるとは、感慨深いなぁ……」
 アルバは嬉しそうだ。フィリスをリベルトの世話係に任命したのはアルバのため、思うことはいろいろあるのだろう。リベルトと引き合わせてくれたことに関しては、フィリスも感謝していた。
「あ、そういえば、フィリスくんの田舎を魔物が襲った件に進展があったようだ。どうもあれは事故でなく事件だったようで……犯人が自首したらしい。近くに領地を持つ伯爵令息だったと聞いたよ。物騒なことをするもんだ」
 領地剥奪と、追加でなにかしら処罰を受けるだろうとアルバは言っていた。その伯爵令息がフィリスの元婚約者だとは思いもしないだろう。
 話を聞いて、フィリスはリベルトの脅しが効果てき面だったのを実感する。
(人を傷つけたり、悪い行いをすれば必ず報いを受けるのね)
 心のどこかにずっと溜まっていたわだかまりが、ようやくすぅっと溶けていくのを感じた。

「リベルト様、アルバ団長に変なこと言わないでください」
 話が終わりリベルトの部屋へ行くと、開口一番にフィリスは言う。
「フィリス、おかえり。……変なことって?」
 リベルトは執務の手を止めて立ち上がると、戻って来たフィリスの肩に顔を埋めてた。
 昨日の夜からずっとこんな感じで、疲れていないときでも挨拶のように抱擁してくる。
「私たち、正式な婚約も交わしてないですよね? それに今すぐ結婚というのは、現実的に難しいですよ」
「ああ、そのことか。わかってる。俺だってすぐとは言ってない。……でも、婚約は近いうちに交わすだろう?」
「……そ、それは」
「ダメか?」
 戸惑ったように眉を寄せ、少し掠れた声で懇願するかのようだ。リベルトの完璧に整った顔がほんの僅かに不安で曇る。
(~~~! その顔はずるい!)
 こんなの断れるか! と、フィリスは半ばやけくそになる。
「……わかりました。でも、まずはお互いの家族に挨拶をしてからですよ」
 キャロル家は問題ないが、リベルトの両親がフィリスを認めてくれるかがわからない。
 しかし、共にいると決めたなら、認めてもらえるような人間になれるよう努力するのみ。
「わかった。……楽しみだ。君と婚約を交わすその日が」
 リベルトは心配よりも期待が勝っているようで、その姿を見ているとフィリスも前向きな気持ちになれる。
 しばらくは恋人同士――ということになるが、同時に主と世話係という関係性も、当然継続されていく。
「では、今日も仕事を頑張りましょうか」
 フィリスの言葉にリベルトは頷いて、執務机へと戻っていった。
 ――ふたりが仕事に戻り、二時間が経った頃。
 時計を見て、もうすぐ昼食の時間だと確認する。フィリスはベッド横のサイドテーブルの埃を羽根型の小さな箒で払いながら、突如襲ってきた眠気に意識がぼんやりとしていた。
(昼食を軽めに済ませて、休憩時間にちょっとだけ寝よう……)
 伸びをした拍子に、自然をあくびがでた。
 実は、昨日の慰安会後、リベルトとのやり取りを思い出すと目が冴えてしまってほとんど眠れなかったのだ。
「眠いのか?」
 背後からリベルトの声が聞こえる。あくびをしている姿を見られたらしい。フィリスは慌てて箒を持っていない左手で口を塞いだ。
「ごっ、ごめんなさい。仕事中なのに」
「気にするな。眠かったら俺の部屋で寝ててもいい」
「ベッド以外で寝ちゃったら、リベルト様がまたベッドに運んでくれますか?」
 ここへ来たばかりの頃、寝落ちしたフィリスをリベルトがベッドに移動させてくれていたのを思い出す。
「ああ……しかし、前みたいにはいかないかもな」
「きゃっ……!」
 箒がカランと落ちる音が聞こえ。気づけばフィリスはベッドに背中を沈めていた。
 押し倒されたのに気づいたのは、意地悪な笑みを浮かべたリベルトに視界を独占されて数秒後のことだ。
「今、俺の部屋で無防備に寝られたら、なにもしないとは言い切れない」
 しっかりとフィリスの顔の横に両手をついて、リベルトは逃げ道をなくしている。
「……寝る前からしているじゃないですか」
「まだしていない。……今からするんだ」
「待っ――」
 待って。言い終わる前に、リベルトがフィリスの口を塞いだ。昨日あれだけキスをしたのに、リベルトはまだ足らないようだ。
(もしかして、リベルト様ってハグ魔でキス魔?)
 何度も降り注ぐキスに瞳を潤ませて、フィリスはそう思った。でも、リベルトに求められるのは素直に嬉しい。
「ふ、はぁっ……リベルト様、私、あなたにならなにをされてもいいですよ」
 唇が離れ、フィリスは甘い吐息を吐くと、頬を赤らめてにこりと笑った。
「……煽るな。俺は君を、大切にしたいんだ」
「じゃあ、大切にしてください」
「……そう言われるとなにもできなくなる。……これも君の策略か?」
「ふふ。どうでしょう」
「俺を罠に嵌めるとは、いい度胸だ」
 リベルトの表情と声色は、さっきから変わらずずっと優しい。
 フィリスは世話係として、リベルトの新たな一面をいくつも見出してきた。
 でも、恋人の自分の前でだけ見せるこの姿だけは……ほかの誰にも教えないでいようと心に決める。
 リベルトはフィリスの胸元につけられた紫色のリボンを手に取って、愛おしげにそれを眺めた。
「似合ってる。つけてくれてありがとう」
 フィリスがリベルトの専属だという証が、胸元で誇らしげに存在を主張している。
「リベルト様、私はあなたのものです」
 このリボンが、フィリスにそういった意味を与えてくれた。
 その喜びを伝えれば、リベルトの顔にもふわりと幸せそうな微笑みが広がる。
「……俺も君だけのものだ。フィリス」
 垂れ下がるリボンを指で掬うと、リベルトはその先端にそっとキスを落とした。

END

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