このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~
 衝撃的事実に驚きの声を上げると、そんなフィリスを見てアルバが笑い出す。
「あっはっは! いいリアクションだ!」
「し、失礼しました! でも、どう考えても副団長には見えなかったので……」
「副団長ともあろうやつが、道端で倒れたり荒れ果てた部屋に住んでいるとは思わないよな。そのうえバッジは忘れて帰る。……しかし、リベルトをよく知っている人からすると、じつにあいつらしい」
 アルバの楽しげな笑顔に呆れが混ざる。
「リベルトはああ見えて魔法騎士団のスーパーエリートなんだ。二十四歳の若さで副団長に抜擢。魔法も剣技も国で右に出る者はいない。その強さは歴代トップを誇るとも言われているほどだ」
「へえ。本当にすごい人なんですね……!」
「ああ。あいつは魔法騎士団の宝だよ。ただ――仕事以外に関しては、まるでダメなんだ」
 アルバは腕を組むと、うーんと首を捻って苦い表情を浮かべた。
「あいつは仕事人間でね。仕事以外のことにいっさい興味がないんだ。魔法騎士団は魔物退治にもよく駆り出されるんだが、リベルトは魔物の弱点や倒し方をまとめたり、新しい連携技を考えだすと平気で食わず眠らずの日々を重ねていく」
 この世界には魔物が存在する。魔物の種類によって好む環境に差があるため、生息地や出現場所は様々だ。
 魔物は人間や動物とは違い、鋭い牙、複数の目を持つ等、異形の外見をしている。強力で邪悪な魔力を持ち合わせ、時には人間に襲い掛かってくる。そういった魔物の駆除は、魔法騎士団、騎士団、魔法団が担当している。
「今回も予備家でそういう作業に熱中したせいで、道中に限界がきたんだろう」
 あの荒れた汚部屋は、魔法騎士団が市街に用意した予備の家らしい。
任務帰りに泊まったり、急遽な用事が入った場合、隊員誰でも利用できる場所だった――が、リベルトが使い出してから、部屋がいつも散らかるようになったため、今ではリベルト専用の家となっているようだ。
(よかった。不法侵入ではなかったのね)
 フィリスは話を聞いて、こっそりと安心した。
「この通り、リベルトは三大欲求すべてに興味がなく、コミュニケーション能力も皆無な問題児だ。伯爵家出身だが、これまでどうやって生きてきたかが気になるくらいにな」
(いいところの出身なんだ。でも、それはわかるかも……)
 紙屑や本、ペンのインクが飛び散ったあの部屋でも、リベルトは寝ているだけで何故か絵になった。あんな場所にいても本人から溢れる清潔感と上品さが消えないのは、整った見た目のおかげだろうか。
「そんなあいつが次の任務開始ギリギリに戻って来たかと思えば、バッジを家に置いてきたと言いだした。でもそれより驚いたのは、道端で倒れたところを助けてもらったと聞いたときだ」
 なにげなく放った一言にアルバが食いつくと、リベルトは淡々と自分の身に起きた出来事を話したという。
 道端で倒れ、家まで運んでもらい、起きたら部屋が綺麗になっていた、と。
「それはお礼をしたほうがいいと言ったら、名前も知らないと言い出す始末だ。呆れて開いた口が塞がらなかったよ。……もしかしたらその恩人がバッジを届けてくれるかもしれない。私はその可能性を考えて、門番に言っておいたんだ。リベルトのバッジを届けに来た人物が現れたら、丁重におもてなしするようにとな」
(だからあんなに態度が変わったのね)
 最初は追っかけと間違えられていたくらいだ。門番も、まさか恩人が女性だとは思わなかったのかもしれない。
「こんなにすぐ会えるとは思わなかった。フィリスくん、散々迷惑をかけておきながら申し訳ないが、リベルトの世話係を是非引き受けてくれないか。あいつは仕事に熱を入れすぎて食事管理も睡眠管理もまともにできない。このままでは、次期団長になるのは一生不可能だろう」
 リベルトほど力のある人物を、副団長のままにしておくのはもったいないとアルバは嘆く。だが、団長になるには自己管理能力はもちろん、団員全員からの信頼、尊敬も必要だ。現在のリベルトは、あまりにも視野が狭すぎるという。
「過去に世話係を同じように雇ったが、あいつ自身が世話係を必要としていないせいか、自分のルーティーンを変えようとしないんだ。あまりにそっけない態度に挫折して、みんな一週間足らずでやめていったよ……」
 遠い目して、アルバはため息をついた。
 こんな好条件の仕事をそんな短期間でやめたくなるほど、リベルトは問題児なのか。たしかに普通の人なら耐えられないだろう。そう――普通の人ならば。
(挫折するほどのそっけなさ……ラウル様よりそっけない人がいるのなら、逆に見てみたいわ)
 フィリスは話を聞いて、リベルトに興味が湧いた。それにフィリスは自分をよく思っていない人物にどういう対応をしたらいいかは、既に学んでいる。
「アルバ団長、私、やってみたいです。副団長のお世話係!」
「ほ、本当か!?」
 うまくこなせることができれば、ここよりいい条件の仕事も環境もないだろう。
 フィリスが大きく頷くと、ふたりは無言で固い握手を交わした。
「ではさっそく契約書を持ってこよう。それとフィリスくん。君からは魔力を感じるが、魔法は使えるという認識で間違っていないかい?」
 さすが魔法騎士団の団長だ。他人の魔力すら自分の身体で感じ取ることができるのは、高度な感覚を持ち合わせているだけでなく、長年の戦闘経験を通じて養われた能力だろう。
「はい。私は回復魔法を……」
「回復!? その魔法を使えたら、どこからでも声がかかると思うが……」
「いえ。私の回復魔法は人が対象ではなく、植物のみに適応するんです。枯れた花や野菜を復活させたりとか、そういう感じです」
「ああ、なるほど。なかなかない回復魔法だな。それもすごいじゃないか」
 アルバは褒めてくれたが、フィリスは内心〝団員の回復ができたほうがよかっただろうなぁ〟と思った。回復魔法の中でハズレでしかないこの魔力は、ここで役立つことはあまりなさそうだ。 
「これが契約書だ。サインが終われば、今日から君は魔法騎士団の一員だ!」
 フィリスは用意された紙に迷わずサインをする。サインが終われば契約の魔法陣が現れ、書類と魔法の二重契約が終了した。
「これからよろしく。フィリスくん!」
「はい。頑張ります!」
 王都に出て二日目。フィリスは〝リベルト副団長のお世話係〟として、魔法騎士団で働くことが決まった。

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