春に明日
3話
○学校・教室(朝)
雛美「明日香! 昨日大丈夫だった!?」
登校してきた明日香のもとに雛美が駆け寄る。
明日香「雛ちゃん。LINEでも言ったけど大丈夫だよ〜」
雛美「だって昼休み結局明日香戻ってこないし、授業も出てないし……先生に聞いたら怪我して早退したっていうから心配で……!」
明日香「怪我って言っても念の為早退しただけだから。たんこぶぐらいしか出来てないし、それももう治ったよ」
明日香の言葉に雛美が肩の力を抜く。
雛美「良かったあ……心配したんだからね」
明日香「ごめんね。ありがとう」
笑って席につく明日香に、雛美はその前の席に座って話を続ける。
雛美「それで、何でそんなことになったの?」
明日香「えっと……(春先輩が男だって事は……秘密にしなきゃ)」
明日香は雛美に簡潔に説明する。
雛美「バケツが頭に当たって昏倒って……無事で良かったよお〜!」
話を聞いた雛美は明日香の机に突っ伏す。
明日香「あはは。もう何も問題ないし、大丈夫」
雛美「なら良かったけど……。で、結果間宮先輩とお近付きになったってわけだ」
片手で頬杖をつき、雛美はにやりと笑う。明日香は驚く。
明日香「えっ!? なんでそうなるの!?」
雛美「だって説明の時に春先輩って言ってたし。名前呼びってことはそういうことでしょ?」
明日香「そっそれは……」
明日香はまごつく。雛美は身を乗り出して明日香を問い詰める。
雛美「ね〜! 何があったの? 間宮先輩が水被って明日香にバケツが当たって……それ以外にも何かあったんでしょ!?」
明日香「えっえ〜と……それは……」
明日香が良いあぐねていると、教室に先生が入ってくる。
先生「授業始めるぞ〜」
明日香「あっほら雛ちゃん、先生来たよ! 席つかないと!」
雛美「む……絶対後で聞かせてね!」
前を向く雛美。明日香は頭を抱える。
明日香(ど、どうしよう……!)
○学校・廊下(休み時間)
人通りの少ない廊下でこっそり話す二人。雛美が驚きで声を上げる。
雛美「付き合っ……!」
明日香「しぃー! しぃー!」
雛美「むぐぐ」
明日香は慌てて雛美の口を塞ぐ。
明日香「絶対誰にも言わないでっ! 雛ちゃんだから話してるんだからっ!」
雛美「ご、ごめん……ついびっくりして声出ちゃった……で、でも! なんで間宮先輩と付き合うことに!? 理由は!?」
小声で詰め寄る雛美にたじたじになりながらも明日香は答える。
明日香「えっと……お互い好き同士で付き合うってわけじゃなくて、契約的に付き合うというか、なんというか……」
雛美「契約……? え、好きだから付き合うんじゃないの?」
明日香「ほら、こないだ一人で帰った時に、春先輩に助けてもらった話したじゃない?」
雛美はこくりと頷く。
明日香「それで、私は男の人が苦手なこと治したいって言ったら、春先輩がそれを手伝ってくれることになって……一緒にいるために流れで? そんな事に……」
雛美「は〜なるほどねえ……まさかそんな事になるなんて……」
明日香「あ、あはは……ほんとにね……(春先輩の秘密を守る変わりにってことは黙っておこう……)」
納得したように頷く雛美に、明日香は誤魔化すように乾いた笑いをこぼす。
雛美はうんうんと頷いて腕を組んだ。
雛美「でもま、普通の恋人関係ってわけじゃなくても、間宮先輩と付き合ってることは確かに誰にも言わない方がいいかもね」
明日香「勿論言うつもりはないけど……でもなんで?」
雛美「言ったでしょ? 間宮先輩は学年関係なく人気だって。憧れ的に見てる子たちは沢山いるだろうけど、その中には本当に先輩のこと好きな子もいるだろうし……そんな人に恋人が出来たって知ったら……」
二人ともぞっとして身震いし、青い顔で見合わせる。
明日香「ぜ、絶対二人だけの秘密にしてね、雛ちゃん……!」
雛美「も、勿論! こんな怖い事誰にも言えないわよ……!」
○学校・教室(昼休み)
雛美「さ〜! お昼食べよ〜!」
昼休みになり、明日香と雛美は机にお弁当を取り出す。そこにクラスメイトが慌てて近付いてくる。
クラスメイト1「あ、朝見さんっ」
明日香「ん? どうかした?」
クラスメイト1「あ、あそこ……」
震える指先でクラスメイトが教室の入り口を指さす。そこには春が明日香に向かってにこやかに手を振っている。
明日香「ひぃっ」
明日香は恐怖と驚きの声を出す。数人のクラスメイトが春を見て明日香を取り囲む。
クラスメイト1「間宮先輩が、朝見さん呼んでって……!」
クラスメイト2「なんでっ!? 間宮先輩と知り合いなのっ!?」
クラスメイト3「羨ま……どういう経緯で!?」
雛美「明日香っ! 早く! 早く行って!」
明日香「ひぇー!」
雛美に急かされ、明日香は慌てて春のもとへ行く。
春「や、明日香ちゃん」
明日香「春先輩っ! 何しに来たんですかっ!」
にこやかに挨拶をする春に明日香は詰め寄る。春はきょとんとして、手元のお弁当を明日香に見せて微笑む。
春「何しにって……一緒にお昼、誘いに来たんだ」
クラスメイト達「きゃああああ!!」
クラスメイト1「何で何で!? 何で一緒にお昼っ!?」
クラスメイト2「どういう事!?」
クラスメイト3「間宮先輩! 私達もお昼ご一緒したいです〜!」
明日香「あ、あわわ……」
クラスメイト達が春と明日香を囲む。明日香はあたふたと周りを見回す。
春は少し考えるような素振りをしたが、眉を下げて残念そうに言う。
春「んー……ごめんね、みんな。明日香ちゃんと二人で食べたいんだ」
クラスメイト「明日香ちゃん!?!?!?」
雛美「ひえっ」
春の明日香への名前呼びにざわっと周りが声を上げ、春に興奮した様子で詰め寄る。
クラスメイト1「何で名前呼びなんですか!?」
クラスメイト2「私も名前で呼んでほしいです!」
クラスメイト3「私もっ!」
春「ごめん」
詰め寄る明日香のクラスメイトに春は謝り、明日香の肩を抱いて自分へ引き寄せる。
明日香「え、」
明日香は突然のことに驚きながら春を見上げる。春も明日香を見てにこりと微笑んだ。
春「この子は特別なんだ」
クラスメイト達「ひゃあああああ!」
クラスメイト達はドキドキと興奮した様子で叫び声を上げる。
雛美「明日香、お弁当! 早くこれもって行っておいで!」
明日香「ひ、雛ちゃん!」
人だかりの中から雛美が明日香にお弁当を渡してくれる。明日香が受け取ると、雛美はぐっと親指を立てて激励してくれる。
春「じゃ、行こっか明日香ちゃん」
春は明日香の肩を抱いたまま教室から出る。
明日香「じ、地獄……」
明日香はぐったりとしながら教室を後にした。
○学校・空き教室(昼休み)
春「どーぞ」
空き教室の鍵を開けて、春は明日香を中へと促す。春はカーテンのかかった暗い教室へと入りながら春に聞く。
明日香「鍵、もってるんですね」
春「うん。この空き教室のだけね。この部屋は好きに使って良いって理事長から鍵もらってるんだ。だから体育とかの着替えはこの部屋でしてる。トイレとかはこの近くに多目的トイレがあるから、そこでね」
明日香「そうだったんですね」
春は中から教室の鍵を閉めると、窓のカーテンと窓を開ける。
春「流石に男の俺が女子更衣室や女子トイレは使えないからね」
室内に光が入り、ほどよく風も入ってくる。春は窓の近くの机へと座る。
春「じゃ、食べよっか」
明日香も春の正面へと座り、二人はお弁当を広げる。春がお弁当箱を開けると、明日香は中を見てわあっと声を上げる。
明日香「春先輩のお弁当凄い美味しそうですね!」
春「ありがと。これでも料理にはちょっと自身があるんだ」
明日香「えっ!? お母さんとかじゃなくて先輩が作ったんですか!?」
春「うん。食べる?」
明日香「良いんですか……!」
春「勿論。どーぞ」
春は明日香へとお弁当を寄せる。
明日香「じゃあ……いただきます……」
明日香は春のお弁当から唐揚げを一つとって食べる。直ぐに目を輝かせて声を上げた。
明日香「んー! 美味しいです!」
春「良かった」
微笑む春に、明日香も自分のお弁当を差し出す。
明日香「あ、春先輩も私のどうぞ! といっても、作ったのは母ですけど……」
春「いいの? ありがとう」
春は明日香のお弁当から卵焼きをとり食べる。そして頬を綻ばせた。
春「うん、明日香ちゃんのお母さんのご飯も美味しいね」
明日香「えへへ……ありがとうございます」
二人はにこやかにお弁当を食べる。
明日香「……先輩。なんでさっき教室まで迎えに来たりしたんですか? LINEくれれば良かったのに」
お弁当を食べ終えて片付けながら、明日香は春に聞く。春も片付けながら答える。
春「んー、お友達とご飯食べ始めてたら連絡に気づかないかなぁと思って」
明日香「でも、目立っちゃうじゃないですか。それは春先輩にとって危険なんじゃないかなって、思いまして……」
春「……確かに、そうなんだけど……」
春は視線を下げて言いづらそうにする。明日香は首を傾げる。
明日香「……春先輩?」
春は呼ばれて視線を明日香に向ける。そして眉を下げて口を開いた。
春「……ごめんね。俺、昨日から浮かれてるんだ」
明日香「え?」
春「……この学校に入学して、正体がバレないようにってこの一年ずっと気を張ってて。誰かと仲良くなったりしたらその分俺の正体がバレる可能性も高くなるから、誰とも深く付き合わないようにして……。放課後遊んだりもしないし、こうやってここでお昼も一人で食べて……」
この一年のことを思い出しているのか、春は教室の中を見る。そして明日香に目を向けた。
春「でも、昨日明日香ちゃんに正体がバレて、久しぶりに白鳥先生以外と普通に喋って。帰りに二人でスタバとか寄っちゃってさ」
春はへへっと恥ずかしそうに笑った。
春「楽しかったんだよね」
明日香「春先輩……」
春「だから、つい浮かれてお昼も一緒に食べたいなって思ったりして……ごめんね。明日香ちゃんも騒がれて嫌だよね」
明日香「……それはもう良いです。後で誤魔化しておきます」
春「うん。ごめん。次からは誘わな――」
明日香「次は、」
春の言葉を遮って明日香が言う。春はえっと明日香を見た。明日香は少し照れた様子で春を見た。
明日香「次は私が誘いますから……一緒にお昼、食べてくれますか?」
春「明日香ちゃん……」
春はぽかんと明日香の名前を呼ぶ。明日香は慌てて言葉を付け足した。
明日香「あ! でも先輩の教室に行ったりはしないですからねっ! LINEで誘います! 先輩も次からはそうして下さいねっ!」
わたわたと慌てたように言う明日香を春はぽかんと見ていたが、次第に相好を崩して口を押さえたかと思うと、耐えきれずに声を出して笑い出す。
春「……くっ、ふふっ、あはははっ!」
明日香「せ、先輩……?」
何故笑い出したのか分からず明日香は戸惑うが、春は笑いの残る声で明日香に言う。
春「ふふっ……ごめん。明日香ちゃんを笑ったんじゃないよ。ただ――」
「俺の正体を知ったのが明日香ちゃんで良かったって。そう思ったんだ」
春の笑顔に明日香は見惚れる。けれどすぐに春と同じように相好を崩した。
明日香「……私も。私のコンプレックスを知ったのが春先輩で良かったって、そう思います」
春「……ありがとう、明日香ちゃん」
明日香「こちらこそです」
ふふっと二人は笑う。けれど明日香が思いだしたように声を上げた。
明日香「あ、でも……私と先輩が付き合うことになったって、友達……あのお弁当を渡してくれた子、雛美って言うんですけど。あの子には言っちゃったんです」
春「そうなの?」
明日香「はい……なんで先輩の事名前呼びなのか聞かれて、誤魔化せず……あっでも勿論、先輩のことは話してませんから! 私の苦手克服を春先輩が付き合ってくれることで一緒に治す事になった、というような感じで話したので! 雛ちゃんも誰にも言わないって約束してくれてますし……」
春「それなら全然良いよ、気にしないで。むしろ俺と付き合ってドキドキした事とかいっぱい話してよ」
悪戯っ子のように笑う春に、明日香は顔を赤くして否定する。
明日香「そっんなことは話しません!」
春「あははっ!」
春「あ、そろそろ教室戻ろうか。昼休み終わっちゃうね」
教室の時計を見上げて春が言う。立ち上がる春に、明日香は春を見上げて言う。
明日香「……あの、気になってた事があるんですけど」
春「ん、何?」
明日香「春先輩は、どうしてここまでしてこの学校を継ぎたいんですか……?」
春「……どうして、か」
春は窓とカーテンを閉める。途端に暗くなる教室。春はぽつりと言った。
春「それは俺が――私が、白鳥春だから、かな」
明日香「春、先輩……?」
感情の読めない春の声と表情に、明日香は春を呼ぶ。春はにこりと笑って明日香に手を差し伸べた。
春「行こうか」
明日香「あ、はい……」
明日香は春の手を取って立ち上がる。春は笑って明るく言った。
春「ね、明日香ちゃん。今日の放課後も一緒に帰らない? 本屋さんに行きたいんだ」
明日香「あ……はい。良いですよ」
春「ありがと。楽しみにしてるね」
○通学路(放課後)
春「明日香ちゃん」
放課後、通学路の途中で待ち合わせしていた二人。先に来ていた春のもとに明日香が駆け寄る。
明日香「春先輩! おまたせしました」
春「ううん。それよりごめんね、呼び出して。校門前で待ち合わせとかだと目立つかなーと思ってね」
明日香「全然良いですよ。その方がいいと思いますし」
春「良かった。……昨日みたいに手、繋ぐ?」
にこりと笑って首を傾げる春に、明日香は断固として首を振った。
明日香「繋ぎませんよ! 昨日は早退だったからまだしも、今日は見られるリスクが高すぎますっ!」
春「あははっごめん。そうだよね」
明日香「もう……」
○本屋・店内
明日香「それで、どうして本屋さんに?」
春「あった。これこれ」
本屋につき明日香は春に聞く。春は一つの本をとって明日香に見せた。明日香は受け取る。
明日香「参考書ですか」
春「そう。将来のために勉強しないとだからね」
明日香「はぁ〜凄いですね、先輩……」
明日香は春に本を返しながら感嘆の息を吐く。春はくすくすと笑った。
春「全然そんなことないよ。明日香ちゃんは勉強苦手?」
明日香「そうですね……好きではないです」
春「ふふ、じゃあ今度教えてあげるよ」
明日香「うっ……ガンバリマス……」
春「あははっ! 凄い嫌そう」
明日香の苦い顔に春は楽しそうに笑う。明日香はきまり悪そうに唸った。
明日香「ううっ……だって……」
春「じゃあーその時は、勉強頑張れたらご褒美をあげようかな」
明日香「ご褒美? 何くれるんですか?」
春「んー……」
春は考えるように唸りながら明日香の手を取る。不思議そうにする明日香の手を自分の頬へと当てて艷やかに笑った。
春「……何が良い?」
明日香「せ、先輩っ!」
明日香は真っ赤な顔で手を引き抜く。春は機嫌良さそうに笑った。
春「あははっ! 買ってくるからそこら辺で待っててー!」
春は会計をするためにいなくなる。明日香はその後ろ姿を眺めながらため息を吐いた。
明日香「もー……春先輩はすぐからかうんだから……」
明日香(……でも、ご褒美なんて、そんな……)
明日香は考えながら店内をうろつく。そしてあらぬことを考えそうになり、慌てて首を振った。
明日香(あー違う違う! もうっ先輩のせいで変なことしかかんがえられないっ……!)
ふと本棚の料理本が目に入る。
明日香(あっ! 先輩料理得意だし、何か作ってもらうとかいいかも)
明日香は料理本を手に取り本をめくる。
明日香(ふふっわくわくしてきた……。何が良いかなぁ)
斗真「……朝見?」
明日香「えっ……」
声をかけられ、明日香は振り返る。そこには伊瀬斗真が立っていた。
✕ ✕ ✕
〈フラッシュバック〉
斗真「誰がこんなブスとするかよ!」
✕ ✕ ✕
明日香「い、せ……く、」
明日香は固まり、声が震える。斗真は悪びれる様子も笑顔も見せず、普通に明日香へと声をかけた。
斗真「久しぶりだな。朝見」
雛美「明日香! 昨日大丈夫だった!?」
登校してきた明日香のもとに雛美が駆け寄る。
明日香「雛ちゃん。LINEでも言ったけど大丈夫だよ〜」
雛美「だって昼休み結局明日香戻ってこないし、授業も出てないし……先生に聞いたら怪我して早退したっていうから心配で……!」
明日香「怪我って言っても念の為早退しただけだから。たんこぶぐらいしか出来てないし、それももう治ったよ」
明日香の言葉に雛美が肩の力を抜く。
雛美「良かったあ……心配したんだからね」
明日香「ごめんね。ありがとう」
笑って席につく明日香に、雛美はその前の席に座って話を続ける。
雛美「それで、何でそんなことになったの?」
明日香「えっと……(春先輩が男だって事は……秘密にしなきゃ)」
明日香は雛美に簡潔に説明する。
雛美「バケツが頭に当たって昏倒って……無事で良かったよお〜!」
話を聞いた雛美は明日香の机に突っ伏す。
明日香「あはは。もう何も問題ないし、大丈夫」
雛美「なら良かったけど……。で、結果間宮先輩とお近付きになったってわけだ」
片手で頬杖をつき、雛美はにやりと笑う。明日香は驚く。
明日香「えっ!? なんでそうなるの!?」
雛美「だって説明の時に春先輩って言ってたし。名前呼びってことはそういうことでしょ?」
明日香「そっそれは……」
明日香はまごつく。雛美は身を乗り出して明日香を問い詰める。
雛美「ね〜! 何があったの? 間宮先輩が水被って明日香にバケツが当たって……それ以外にも何かあったんでしょ!?」
明日香「えっえ〜と……それは……」
明日香が良いあぐねていると、教室に先生が入ってくる。
先生「授業始めるぞ〜」
明日香「あっほら雛ちゃん、先生来たよ! 席つかないと!」
雛美「む……絶対後で聞かせてね!」
前を向く雛美。明日香は頭を抱える。
明日香(ど、どうしよう……!)
○学校・廊下(休み時間)
人通りの少ない廊下でこっそり話す二人。雛美が驚きで声を上げる。
雛美「付き合っ……!」
明日香「しぃー! しぃー!」
雛美「むぐぐ」
明日香は慌てて雛美の口を塞ぐ。
明日香「絶対誰にも言わないでっ! 雛ちゃんだから話してるんだからっ!」
雛美「ご、ごめん……ついびっくりして声出ちゃった……で、でも! なんで間宮先輩と付き合うことに!? 理由は!?」
小声で詰め寄る雛美にたじたじになりながらも明日香は答える。
明日香「えっと……お互い好き同士で付き合うってわけじゃなくて、契約的に付き合うというか、なんというか……」
雛美「契約……? え、好きだから付き合うんじゃないの?」
明日香「ほら、こないだ一人で帰った時に、春先輩に助けてもらった話したじゃない?」
雛美はこくりと頷く。
明日香「それで、私は男の人が苦手なこと治したいって言ったら、春先輩がそれを手伝ってくれることになって……一緒にいるために流れで? そんな事に……」
雛美「は〜なるほどねえ……まさかそんな事になるなんて……」
明日香「あ、あはは……ほんとにね……(春先輩の秘密を守る変わりにってことは黙っておこう……)」
納得したように頷く雛美に、明日香は誤魔化すように乾いた笑いをこぼす。
雛美はうんうんと頷いて腕を組んだ。
雛美「でもま、普通の恋人関係ってわけじゃなくても、間宮先輩と付き合ってることは確かに誰にも言わない方がいいかもね」
明日香「勿論言うつもりはないけど……でもなんで?」
雛美「言ったでしょ? 間宮先輩は学年関係なく人気だって。憧れ的に見てる子たちは沢山いるだろうけど、その中には本当に先輩のこと好きな子もいるだろうし……そんな人に恋人が出来たって知ったら……」
二人ともぞっとして身震いし、青い顔で見合わせる。
明日香「ぜ、絶対二人だけの秘密にしてね、雛ちゃん……!」
雛美「も、勿論! こんな怖い事誰にも言えないわよ……!」
○学校・教室(昼休み)
雛美「さ〜! お昼食べよ〜!」
昼休みになり、明日香と雛美は机にお弁当を取り出す。そこにクラスメイトが慌てて近付いてくる。
クラスメイト1「あ、朝見さんっ」
明日香「ん? どうかした?」
クラスメイト1「あ、あそこ……」
震える指先でクラスメイトが教室の入り口を指さす。そこには春が明日香に向かってにこやかに手を振っている。
明日香「ひぃっ」
明日香は恐怖と驚きの声を出す。数人のクラスメイトが春を見て明日香を取り囲む。
クラスメイト1「間宮先輩が、朝見さん呼んでって……!」
クラスメイト2「なんでっ!? 間宮先輩と知り合いなのっ!?」
クラスメイト3「羨ま……どういう経緯で!?」
雛美「明日香っ! 早く! 早く行って!」
明日香「ひぇー!」
雛美に急かされ、明日香は慌てて春のもとへ行く。
春「や、明日香ちゃん」
明日香「春先輩っ! 何しに来たんですかっ!」
にこやかに挨拶をする春に明日香は詰め寄る。春はきょとんとして、手元のお弁当を明日香に見せて微笑む。
春「何しにって……一緒にお昼、誘いに来たんだ」
クラスメイト達「きゃああああ!!」
クラスメイト1「何で何で!? 何で一緒にお昼っ!?」
クラスメイト2「どういう事!?」
クラスメイト3「間宮先輩! 私達もお昼ご一緒したいです〜!」
明日香「あ、あわわ……」
クラスメイト達が春と明日香を囲む。明日香はあたふたと周りを見回す。
春は少し考えるような素振りをしたが、眉を下げて残念そうに言う。
春「んー……ごめんね、みんな。明日香ちゃんと二人で食べたいんだ」
クラスメイト「明日香ちゃん!?!?!?」
雛美「ひえっ」
春の明日香への名前呼びにざわっと周りが声を上げ、春に興奮した様子で詰め寄る。
クラスメイト1「何で名前呼びなんですか!?」
クラスメイト2「私も名前で呼んでほしいです!」
クラスメイト3「私もっ!」
春「ごめん」
詰め寄る明日香のクラスメイトに春は謝り、明日香の肩を抱いて自分へ引き寄せる。
明日香「え、」
明日香は突然のことに驚きながら春を見上げる。春も明日香を見てにこりと微笑んだ。
春「この子は特別なんだ」
クラスメイト達「ひゃあああああ!」
クラスメイト達はドキドキと興奮した様子で叫び声を上げる。
雛美「明日香、お弁当! 早くこれもって行っておいで!」
明日香「ひ、雛ちゃん!」
人だかりの中から雛美が明日香にお弁当を渡してくれる。明日香が受け取ると、雛美はぐっと親指を立てて激励してくれる。
春「じゃ、行こっか明日香ちゃん」
春は明日香の肩を抱いたまま教室から出る。
明日香「じ、地獄……」
明日香はぐったりとしながら教室を後にした。
○学校・空き教室(昼休み)
春「どーぞ」
空き教室の鍵を開けて、春は明日香を中へと促す。春はカーテンのかかった暗い教室へと入りながら春に聞く。
明日香「鍵、もってるんですね」
春「うん。この空き教室のだけね。この部屋は好きに使って良いって理事長から鍵もらってるんだ。だから体育とかの着替えはこの部屋でしてる。トイレとかはこの近くに多目的トイレがあるから、そこでね」
明日香「そうだったんですね」
春は中から教室の鍵を閉めると、窓のカーテンと窓を開ける。
春「流石に男の俺が女子更衣室や女子トイレは使えないからね」
室内に光が入り、ほどよく風も入ってくる。春は窓の近くの机へと座る。
春「じゃ、食べよっか」
明日香も春の正面へと座り、二人はお弁当を広げる。春がお弁当箱を開けると、明日香は中を見てわあっと声を上げる。
明日香「春先輩のお弁当凄い美味しそうですね!」
春「ありがと。これでも料理にはちょっと自身があるんだ」
明日香「えっ!? お母さんとかじゃなくて先輩が作ったんですか!?」
春「うん。食べる?」
明日香「良いんですか……!」
春「勿論。どーぞ」
春は明日香へとお弁当を寄せる。
明日香「じゃあ……いただきます……」
明日香は春のお弁当から唐揚げを一つとって食べる。直ぐに目を輝かせて声を上げた。
明日香「んー! 美味しいです!」
春「良かった」
微笑む春に、明日香も自分のお弁当を差し出す。
明日香「あ、春先輩も私のどうぞ! といっても、作ったのは母ですけど……」
春「いいの? ありがとう」
春は明日香のお弁当から卵焼きをとり食べる。そして頬を綻ばせた。
春「うん、明日香ちゃんのお母さんのご飯も美味しいね」
明日香「えへへ……ありがとうございます」
二人はにこやかにお弁当を食べる。
明日香「……先輩。なんでさっき教室まで迎えに来たりしたんですか? LINEくれれば良かったのに」
お弁当を食べ終えて片付けながら、明日香は春に聞く。春も片付けながら答える。
春「んー、お友達とご飯食べ始めてたら連絡に気づかないかなぁと思って」
明日香「でも、目立っちゃうじゃないですか。それは春先輩にとって危険なんじゃないかなって、思いまして……」
春「……確かに、そうなんだけど……」
春は視線を下げて言いづらそうにする。明日香は首を傾げる。
明日香「……春先輩?」
春は呼ばれて視線を明日香に向ける。そして眉を下げて口を開いた。
春「……ごめんね。俺、昨日から浮かれてるんだ」
明日香「え?」
春「……この学校に入学して、正体がバレないようにってこの一年ずっと気を張ってて。誰かと仲良くなったりしたらその分俺の正体がバレる可能性も高くなるから、誰とも深く付き合わないようにして……。放課後遊んだりもしないし、こうやってここでお昼も一人で食べて……」
この一年のことを思い出しているのか、春は教室の中を見る。そして明日香に目を向けた。
春「でも、昨日明日香ちゃんに正体がバレて、久しぶりに白鳥先生以外と普通に喋って。帰りに二人でスタバとか寄っちゃってさ」
春はへへっと恥ずかしそうに笑った。
春「楽しかったんだよね」
明日香「春先輩……」
春「だから、つい浮かれてお昼も一緒に食べたいなって思ったりして……ごめんね。明日香ちゃんも騒がれて嫌だよね」
明日香「……それはもう良いです。後で誤魔化しておきます」
春「うん。ごめん。次からは誘わな――」
明日香「次は、」
春の言葉を遮って明日香が言う。春はえっと明日香を見た。明日香は少し照れた様子で春を見た。
明日香「次は私が誘いますから……一緒にお昼、食べてくれますか?」
春「明日香ちゃん……」
春はぽかんと明日香の名前を呼ぶ。明日香は慌てて言葉を付け足した。
明日香「あ! でも先輩の教室に行ったりはしないですからねっ! LINEで誘います! 先輩も次からはそうして下さいねっ!」
わたわたと慌てたように言う明日香を春はぽかんと見ていたが、次第に相好を崩して口を押さえたかと思うと、耐えきれずに声を出して笑い出す。
春「……くっ、ふふっ、あはははっ!」
明日香「せ、先輩……?」
何故笑い出したのか分からず明日香は戸惑うが、春は笑いの残る声で明日香に言う。
春「ふふっ……ごめん。明日香ちゃんを笑ったんじゃないよ。ただ――」
「俺の正体を知ったのが明日香ちゃんで良かったって。そう思ったんだ」
春の笑顔に明日香は見惚れる。けれどすぐに春と同じように相好を崩した。
明日香「……私も。私のコンプレックスを知ったのが春先輩で良かったって、そう思います」
春「……ありがとう、明日香ちゃん」
明日香「こちらこそです」
ふふっと二人は笑う。けれど明日香が思いだしたように声を上げた。
明日香「あ、でも……私と先輩が付き合うことになったって、友達……あのお弁当を渡してくれた子、雛美って言うんですけど。あの子には言っちゃったんです」
春「そうなの?」
明日香「はい……なんで先輩の事名前呼びなのか聞かれて、誤魔化せず……あっでも勿論、先輩のことは話してませんから! 私の苦手克服を春先輩が付き合ってくれることで一緒に治す事になった、というような感じで話したので! 雛ちゃんも誰にも言わないって約束してくれてますし……」
春「それなら全然良いよ、気にしないで。むしろ俺と付き合ってドキドキした事とかいっぱい話してよ」
悪戯っ子のように笑う春に、明日香は顔を赤くして否定する。
明日香「そっんなことは話しません!」
春「あははっ!」
春「あ、そろそろ教室戻ろうか。昼休み終わっちゃうね」
教室の時計を見上げて春が言う。立ち上がる春に、明日香は春を見上げて言う。
明日香「……あの、気になってた事があるんですけど」
春「ん、何?」
明日香「春先輩は、どうしてここまでしてこの学校を継ぎたいんですか……?」
春「……どうして、か」
春は窓とカーテンを閉める。途端に暗くなる教室。春はぽつりと言った。
春「それは俺が――私が、白鳥春だから、かな」
明日香「春、先輩……?」
感情の読めない春の声と表情に、明日香は春を呼ぶ。春はにこりと笑って明日香に手を差し伸べた。
春「行こうか」
明日香「あ、はい……」
明日香は春の手を取って立ち上がる。春は笑って明るく言った。
春「ね、明日香ちゃん。今日の放課後も一緒に帰らない? 本屋さんに行きたいんだ」
明日香「あ……はい。良いですよ」
春「ありがと。楽しみにしてるね」
○通学路(放課後)
春「明日香ちゃん」
放課後、通学路の途中で待ち合わせしていた二人。先に来ていた春のもとに明日香が駆け寄る。
明日香「春先輩! おまたせしました」
春「ううん。それよりごめんね、呼び出して。校門前で待ち合わせとかだと目立つかなーと思ってね」
明日香「全然良いですよ。その方がいいと思いますし」
春「良かった。……昨日みたいに手、繋ぐ?」
にこりと笑って首を傾げる春に、明日香は断固として首を振った。
明日香「繋ぎませんよ! 昨日は早退だったからまだしも、今日は見られるリスクが高すぎますっ!」
春「あははっごめん。そうだよね」
明日香「もう……」
○本屋・店内
明日香「それで、どうして本屋さんに?」
春「あった。これこれ」
本屋につき明日香は春に聞く。春は一つの本をとって明日香に見せた。明日香は受け取る。
明日香「参考書ですか」
春「そう。将来のために勉強しないとだからね」
明日香「はぁ〜凄いですね、先輩……」
明日香は春に本を返しながら感嘆の息を吐く。春はくすくすと笑った。
春「全然そんなことないよ。明日香ちゃんは勉強苦手?」
明日香「そうですね……好きではないです」
春「ふふ、じゃあ今度教えてあげるよ」
明日香「うっ……ガンバリマス……」
春「あははっ! 凄い嫌そう」
明日香の苦い顔に春は楽しそうに笑う。明日香はきまり悪そうに唸った。
明日香「ううっ……だって……」
春「じゃあーその時は、勉強頑張れたらご褒美をあげようかな」
明日香「ご褒美? 何くれるんですか?」
春「んー……」
春は考えるように唸りながら明日香の手を取る。不思議そうにする明日香の手を自分の頬へと当てて艷やかに笑った。
春「……何が良い?」
明日香「せ、先輩っ!」
明日香は真っ赤な顔で手を引き抜く。春は機嫌良さそうに笑った。
春「あははっ! 買ってくるからそこら辺で待っててー!」
春は会計をするためにいなくなる。明日香はその後ろ姿を眺めながらため息を吐いた。
明日香「もー……春先輩はすぐからかうんだから……」
明日香(……でも、ご褒美なんて、そんな……)
明日香は考えながら店内をうろつく。そしてあらぬことを考えそうになり、慌てて首を振った。
明日香(あー違う違う! もうっ先輩のせいで変なことしかかんがえられないっ……!)
ふと本棚の料理本が目に入る。
明日香(あっ! 先輩料理得意だし、何か作ってもらうとかいいかも)
明日香は料理本を手に取り本をめくる。
明日香(ふふっわくわくしてきた……。何が良いかなぁ)
斗真「……朝見?」
明日香「えっ……」
声をかけられ、明日香は振り返る。そこには伊瀬斗真が立っていた。
✕ ✕ ✕
〈フラッシュバック〉
斗真「誰がこんなブスとするかよ!」
✕ ✕ ✕
明日香「い、せ……く、」
明日香は固まり、声が震える。斗真は悪びれる様子も笑顔も見せず、普通に明日香へと声をかけた。
斗真「久しぶりだな。朝見」