春に明日

4話

○本屋・店内

明日香「い、せ……く、」
斗真「久しぶりだな。朝見」
明日香は下を向き、小さく頷く。
明日香「うん……(なにを、言えばいいんだろう。どんな顔をすればいいんだろう。……怖い。何をしても、馬鹿にされそうな気がして……)」
斗真「……元気にしてた?」
明日香「うん……伊瀬くんは……?」
斗真「まあ、うん。元気だけど……」
斗真は言葉を切り、少し声を低くする。
斗真「……何で下向いてんの?」
明日香「え、えっと……(怖くて顔、あげられない。どうしよう、どうしよう、どうしよ、)」
明日香は混乱する頭を働かせようとするが、頭が真っ白で何を言えばいいかわからない。
じわりと目に涙が溜まりそうになった時、背中に優しい手が当てられた。
明日香「あ……」
明日香は顔を上げる。横には春が明日香の背中に手を添えて立っていた。

春「こんにちは。明日香ちゃんのお友達かな?」
明日香「はる、せんぱ……」
斗真の方を向いていた春は、明日香を見てにこりと微笑む。斗真は春を見て少し驚いた顔をした。
斗真「……アンタ、女だったんだな」
春「どうして、そんな事言うのかな」
斗真「昨日朝見とスタバにいるとこ見かけたから。その時はアンタ、ジャージだったから。彼氏とかかと思ったけど……」
春「彼氏か。仲が良さそうだった、という意味の褒め言葉として受け取っておくよ」
春は少し肩をすくめて笑う。斗真は明日香に聞く。
斗真「朝見の友達?」
春「友達……」
春は明日香を見る。明日香は春を見上げて首を振った。春は斗真を見て明日香の代わりに答える。

春「――よりはツーランクぐらい上の、仲良しな先輩後輩ってとこかな」
斗真「……年上だったんですね。すいません」
先ほど明日香が春のことを先輩と呼んだ声が聞こえていなかった斗真は、ここで春が先輩とわかりぺこりと頭を下げる。春は少し面食らった顔をしたが、すぐに微笑んだ。
春「素直だね。いいよ、気にしてないから」
「それより、もう行っていいかな。この後も明日香ちゃんと予定があるんだ」
斗真「あ、ハイ」
春は明日香の背に手を添えながら春の横を通り過ぎる。明日香はすれ違いざまに軽く斗真へと頭を下げた。
斗真は何か言おうとするけれど、そのまま二人を見送る。

○本屋・店外

春「大丈夫? 明日香ちゃん」
本屋の外に出ると春は明日香の顔を覗き込んだ。青い顔をした明日香は、それでもほっと息を吐いた。
明日香「大丈夫です……。ありがとうございます……助けてくれて」
春「ううん。私は何も。……どこか、落ち着いたところに行こうか」
明日香は頷くと、春に連れられて歩く。

○喫茶店・店内

向かい合って座る二人の目の前には飲み物が置いてある。春は明日香の顔を慎重そうに見た。
春「もし違ったら言ってほしいんだけど……あの彼って、もしかして明日香ちゃんの男が苦手になったきっかけの……?」
明日香「……そうです。伊瀬斗真くん……私と一緒にからかわれた子です」
明日香は飲み物のストローを一回転させる。コップの中で氷がカランとなった。
春「そっかぁ……明日香ちゃんの様子で、そうじゃないかなとは思ったけど……」
明日香「……私が苦手なのは数人でいる男性なので、一対一で、知ってる人ならそんなに怖くないんです。……でも、伊瀬くんを見たら、体が強張って……頭が、真っ白になって……」
春、テーブルの上で握っている明日香の手に、指先をちょんと当てる。

春「でも、明日香ちゃんはよく頑張ってたよ。偉い」
明日香「先輩……」
春「よく頑張った明日香ちゃんには、私からご褒美をあげようかな」
明日香「ご褒美……? さっき言ってた……」
春「あれとは別だよ。あれは勉強したあと。今回は、良く向き合いましたで賞」
明日香「ふふっ、なんですか、それ」
笑う明日香を見て、春は破顔する。
春「友達よりはツーランクぐらい上の、仲良しな先輩としては、頑張った後輩……彼女は、労わないと、ね」
明日香「か、彼女……」
彼女と言われて明日香は顔を赤くする。春はくすりと笑って首を傾げた。
春「ねえ、彼女さん。遊園地は、好き?」

○駅前(朝)

駅前で待ち合わせをしていた二人。先に来ていた春を見つけて明日香は駆け寄る。
明日香「春先輩、お待たせしました!」
春「明日香ちゃん。おはよう。全然待ってないよ」
春は微笑んで明日香を迎える。明日香は春の私服をまじまじと見て、ほーっと息を吐いた。
明日香「……先輩、相変わらずのカッコよさですね……。男性じゃなくて、ちゃんとボーイッシュな感じの女性に見えます……!」
春「ありがと。これでも研究してるからね。明日香ちゃんも……いつも可愛いけど、私服だと新鮮でより可愛く見えるね」
春はにこりと笑って明日香を褒める。明日香は顔を赤らめて腕を組んだ。
明日香「お、おだてたって何もありませんからねっ!」
春「それは残念」
春は明日香の様子をくすくすと見る。もうっと頬を膨らませる明日香の背中に手を添えると優しくエスコートした。
春「じゃあ、行こうか」
明日香「……はい」
明日香もほんのりと微笑んだ。

○遊園地(朝)

明日香「わぁー!」
園内に入ると、明日香は目をキラキラとさせて喜ぶ。
明日香「何から行きますか!? ジェットコースター!? でもお化け屋敷もいいですよね! 他の乗り物も捨てがたい……!」
楽しそうに悩む明日香を見て、春は嬉しそうに笑うと明日香のようにテンションを上げて言う。
春「よし、じゃあジェットコースターから行こうか!」
明日香「わーい!」
二人は楽しげに園内を周り始める。

春「わぁー! あはははっ」
明日香「きゃあああ!」
ジェットコースターに乗って絶叫する二人。

明日香「あはははっ!」
春「明日香ちゃ……まわし、回しすぎっ……!」
コーヒーカップに乗る二人。明日香がハンドルを高速回転させるため、春は青い顔をして酔っている。

明日香「きゃあああ!」
春「わぁ怖いねぇ」
お化け屋敷を進む二人。脅かし役が出てきて、明日香は春に縋り付いている。春は涼しい顔をしている。

○遊園地・カフェ外(昼)

カフェテラスでお昼を食べながら休憩する二人。明日香はぐーっと伸びをする。
明日香「あ〜楽しいですね、春先輩!」
春「ふふ、そうだね。こんなに笑ったの久しぶりだよ」
明日香「先輩、コーヒーカップ苦手なんですね」
春「苦手というか……あれは明日香ちゃんがめいいっぱい回すから……」
明日香「ふふふ、グロッキーになってるの、新鮮でした」
くすくすと思い出し笑いをする明日香を見て、春はにこりと笑ってやり返す。
春「明日香ちゃんも、お化け屋敷で凄い怖がってたね。私の服にしがみついてたの、可愛かったよ」
明日香「あ、あれは! 予想よりちょっと驚いただけで……!」
春「ふぅん?」
頬杖をついて明日香を見る春の顔は完全に面白がっていて、明日香はむっと頬を膨らます。
明日香「……もう! 先輩!」
春「ふはっ、ごめんごめん」
くっくっと笑う春。その楽しそうな顔に、明日香は暫し見惚れる。

春「……明日香ちゃん?」
明日香「うえっ!? は、はいっ! 何でしょうか!?」
ぽーっとしていると春から声をかけられ、明日香は慌てて返事をする。
春「次はどこ行こうかって言ったんだけど……大丈夫? 疲れたかな」
明日香「い、いいえぇ! 全然疲れてないです! むしろ元気いっぱいですから!」
むんっと力こぶを作る明日香。春は首を傾げたが気にしてないようだった。
春「そう? 疲れたらいつでも言ってね」
明日香「はいっ(あ、危ないっ……見惚れてたなんて、絶対言えないよ……!)」
笑顔で返事をする明日香だが、内心は大慌ててで息をつく。

○遊園地(夕方)

明日香「ふわ〜いっぱい遊びましたねぇ
春「楽しかったねえ」
夕方になり、周りも帰路につき始める。明日香は春を見上げた。
明日香「もう帰りますか?」
春「んー……いや、最後に……あれに乗ろうか」
春は考える素振りをしたあと、向こうを指さす。明日香がその先を見ると、そこには観覧車がある。
明日香「か、観覧車……」
春「あの狭い中で二人は……怖いかな。嫌なら別に――」
明日香「の、乗ります」
春の言葉を遮って明日香が言う。明日香は春をまっすぐ見つめて言った。
明日香「春先輩となら……怖くないです」
春「……うん。行こっか」
春は一つ瞬きして微笑む。

○遊園地・観覧車内(夕方)

係員に観覧車の中に通されると、二人はそれぞれ向かい合って座る。明日香は緊張しながらぎこちなく笑った。
明日香「え、えへへ……何か、変に緊張しますね……」
春「大丈夫だよ。嫌がることはしないから」
明日香「それは……心配してません、けど……」
明日香はもごもごと下を向く。春はその様子を眺め、そっと伺うように言う。

春「……隣、行ってもいい?」
明日香「は、はい……」
明日香が横にズレると、春は明日香の隣へと座る。
春「手は? 握っても大丈夫?」
明日香「だ、いじょうぶ、です……」
おずおずと差し出された明日香の手を春は指を絡ませて握る。そして確かめるようにきゅっきゅっと力を込めた。
春「……俺より細くて、ちっちゃいね」
明日香「……でも、先輩は手、綺麗ですね」
春「男だってバレないようにケアしてるからね。それでもやっぱり、ほんとの女の子みたいにはいかないよ」
春は自嘲するようにくすりと笑う。明日香は春を見上げてぽつりと聞いた。
明日香「……先輩は、女の子になりたいとかは……ないんですか?」
春「うーん……俺の女装は理事長になるための手段だからね。そういうのはないかなぁ」
明日香「そうなんですね……」
また前を向く明日香。春は明日香の横顔を見つめ、顔を覗き込むように前傾姿勢になる。

春「……明日香ちゃんは?」
明日香「へ?」
春「明日香ちゃんは、俺にどうなってほしい?」
明日香「どうって……?」
春の質問の意図がわからず、明日香は聞き返す。
春「明日香ちゃんは、男に嫌な目に合わされたでしょ? でもこうして向き合って、治そうと努力してる。でも本心では、やっぱり男が怖いでしょ?」
明日香はぐっと息を詰める。春は明日香の全ての感情を見逃さないというように明日香を見つめた。
春「俺とこうして触れて、話せてるのは、俺と初めて会ったのが女装してる俺だからで。今だって、ズボンを履いてはいるけど、女性寄りの格好だからで……」
春は自分の格好を見た後、明日香を見た。揺れる明日香の瞳を見つめて、嘘っぽく笑う。
春「明日香ちゃんは、俺に男でいてほしい? それとも、女の俺がいいかな」
明日香は春の瞳を見つめ返し、そしてむっとした顔でこぼした。

明日香「……春先輩は、ズルいです」
春「え、」
言われると思っていなかった言葉に、春は面食らう。明日香は握ったままだった春の手をぐっと力を込めて握った。
明日香「私を試そうとしてますよね」
春「それは……」
明日香「これで私が女の先輩が良いって言ったら、きっともう、俺って言ってくれなくなる癖に」
春「…………」
春は黙ってまつ毛を伏せる。ふさふさのまつ毛を見ながら、明日香は続けた。
明日香「私、観覧車に乗る前に言いましたよね。春先輩となら、怖くないって」
「あれは、男とか女とか関係なく……ここにいる、春先輩だから、だから怖くないって言ったんです」
「最初に木から落ちそうになった私を助けてくれた女性の春先輩も、私の男性克服を手助けしてくれる男の春先輩も、どっちも私には同じ春先輩です」
春はちらりと明日香を見る。ばちりと合った明日香の瞳は真っ直ぐで、春は息をのむ。
明日香「それじゃ、駄目ですか」

春「……はぁ〜……」
春は前傾だった姿勢を背もたれに預け、明日香と繋いでいない方の手で顔を隠して大きなため息を吐く。
明日香「せ、先輩?」
明日香が驚いて春を呼ぶ。春は手の隙間からちらりと明日香を見て、小さく言った。
春「……全然、駄目じゃない、です……」
明日香「ふふ、良かったです」
明日香は嬉しそうに笑う。春は背もたれから体を離すと、握っていた明日香の手の甲を自分の頬に触れさせた。
明日香「えっ!?」
春「明日香ちゃん。また俺と、デートしてくれる?」
明日香「で!?」
驚き声を上げる明日香。春は子犬のような瞳で明日香を見ていて、春は言葉に詰まりながらこくんと頷いた。
明日香「……モチロン、です……」
春「良かった。次も楽しみだね」
明日香「うっ……は、はい……」
にこりと微笑む春に、明日香はドギマギしながら頷くのだった。

○遊園地(夕方)

観覧車から降りた二人は遊園地の出口に向かいながら楽しくお喋りをする。
春「楽しかったねえ。何が一番良かった?」
明日香「うーん……コーヒーカップはやっぱり良かったですね!」
春「うっ……明日香ちゃん、意地悪だね……」
明日香「ええ? 新鮮で可愛かったですよ、春先輩」
春「か、可愛い……」
可愛いと言われて春は複雑そうな顔をする。その時、後ろから声をかけられる。

百合「間宮さん?」
春「え、」
春は振り返る。そこには春のクラスメイトの西条百合がいた。春の顔を見て嬉しそうに駆け寄る。
百合「やっぱり! 偶然ね、休日に会えるなんて嬉しいわ」
春「あはは、そう、だね……」
百合「私は従姉妹達と遊びに来ているのだけど……」
春はぎこちなく笑う。百合は気にせず明日香の方を見た。
百合「そちらの方は?」
春「この子は……」
明日香「あの、同じ学校の後輩です。朝見明日香って言います」
明日香が自己紹介をしてぺこりと頭を下げる。
百合「と、言う事は私の後輩でもあるのね。西条百合です。よろしくね」
百合も微笑んで挨拶を返す。明日香は合点がいったと笑顔を見せる。
明日香「先輩でしたか! もしかして、春先輩のお友達ですか?」
春「あっ明日香ちゃん……!」
春は顔を青くして明日香を呼ぶ。明日香は不思議そうにするが、百合はぴしりと表情を固くし、声を低くした。

百合「……春、先輩?」
春「さ、西条さん、これはそのっ」
百合「間宮さんの事をファーストネームで呼ぶなんて……一体どういう事なのですか!?」
わぁっと急に百合は顔を怖くしてヒートアップする。春はあわわとその姿を見守ることしか出来ない。百合はどん、と自分の胸を叩いた。
百合「この、間宮さんのパートナーである私を差し置いてっ!」
明日香「ぱっ、パートナー!?!?!?」
明日香は突然の事に、驚きで声を上げるのだった。
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