春に明日
5話
○遊園地(夕方)
明日香「パートナーって……春先輩は西条先輩とお付き合いしてるんですか!?!?」
春「違う! 明日香ちゃん誤解だから!」
驚く明日香に春は慌てて弁解しようとするが、すぐに百合が春に詰め寄る。
百合「酷いです間宮さん! 間宮さんは頑なにお名前を呼ばせてくれないし、私の名前も呼んでくれないというのに……」
「春先輩、明日香ちゃん、ですってぇ!?」
よよっと涙を拭ったはずの百合は、眉尻を上げ、声を荒げて春にぐいぐいと詰め寄る。
百合「一体どういう事なのですか! 間宮さんっ!」
明日香「どういう事なんですか、先輩!」
明日香も百合と一緒に春に詰め寄れば、春は疲れた顔で天を仰いだ。
春「……誰か助けて……」
○駅前・カフェ(夕方)
春「説明すると、」
カフェに入った三人はテーブルを囲んで座る。話を切り出したのは春からだった。
春「西条さんは私の一年の時からのクラスメイトなんだ。席が隣だった事がきっかけで喋るようになったんだけど……」
百合「間宮さんは他の学年や同学年からも注目されていて、休み時間の度に誰かしらが間宮さんの席の周りを取り囲んでいたの」
春の説明を継ぐように百合が話し出す。
百合「でもそれでは間宮さんが休めないでしょう? だから私が、間宮さんの一番のお友達として、その整理を買ってでたのよ」
「それから間宮さんのファンの管理は私が請け負っているの。つまり、私と間宮さんはパートナーなのよ!」
ふんっと腰に手を当て胸を張る百合。明日香は理解出来ないながらも頷いた。
明日香「な、なるほど……?」
春「西条さんには感謝してるけど、そのパートナーって言うの止めないかな……? さっきの明日香ちゃんみたいに勘違いされちゃうし……」
申し訳無さそうに春は進言する。百合は慌てたように弁解した。
百合「わ、私はっ! 分かりやすいからその呼び名を使っているだけですからっ! ……それに、勘違いされてもいいですし……」
最後はぽそりと小さな声で言う百合。春は聞き取れず首を傾げる。
春「えっ?」
百合「そ、そそそれよりっ! お二人の関係はなんなんですか!? どれほどの親しい間柄で名前呼びを!?」
誤魔化すように百合は話題を変える。明日香と春はどう話そうかと顔を見合わせる。
明日香「え、えーと……」
春「……そうだね。お世話になってる西条さんには言っておくよ」
明日香「せ、先輩っ!? 本気ですか!?」
春「うん。……明日香ちゃんが嫌じゃなければ、だけど」
明日香「これで学校中に広まって私が先輩の過激派に呼び出されたらどうするんですかっ!」
春「過激派? ま、まぁ……それは大丈夫。……西条さんは、これから聞くこと誰にも言わないでくれる?」
春は百合を見て問う。百合は何か分からないながらも頷いた。
百合「え、ええ……」
春「だって」
明日香「……なら、良いですけど……」
明日香も不安ながらも頷いた。百合は状況が読めず疑問符を浮かべる。
百合「い、一体なんです? 何の話を……」
春「西条さん。私と明日香ちゃんは――」
春が口を開く。百合はいいようのない不安に苛まれながらドキドキと次の言葉を待つ。
春「付き合ってるんだ」
百合、意識が遠のきテーブルに倒れる。
春「西条さんっ!?」
明日香「西条先輩! 大丈夫ですか!?」
春「西条さんっ!」
百合、だんだんと春と明日香の声が小さくなっていき、完全に意識がなくなる。
○(回想)春、百合の高校一年生入学時
百合、桜を見上げている春を見つけ、見惚れる。
百合「綺麗……」
風が吹き、春が百合に気づく。ばちっと目が合う。
百合は顔を赤くして慌てる。
百合「っ! あ、あのっ」
春「……一年生?」
春は静かに問いかける。百合は頷く。
百合「は、はい」
春「私もなんだ。間宮――春っていいます」
百合「あ……西条百合です。……間宮さん、とおっしゃるのね」
名前を呼ばれ、春は一つ瞬く。そして噛み締めるように、美しく、悲しく笑った。
春「うん。これからよろしくね、西条さん」
(回想終了)
○カフェ・スタッフルーム
明日香「……さ……じょう……ぱい、西条先輩!」
百合「はっ!」
名前を呼ばれて百合はソファから飛び起きる。横では明日香がほっとした顔をした。
明日香「よかった! 心配しましたよ……!」
百合「ここは……?」
百合はきょろきょろと部屋を見回す。簡素なテーブルや椅子、キャビネット、パソコンなどが置かれている。百合と明日香以外に人はいない。
明日香「お店のスタッフルームです。西条先輩が倒れたので、貸して頂いたんですよ」
百合「そう……だったの。迷惑をかけてごめんなさいね」
百合が殊勝に謝ると、明日香は首を振った。
明日香「そんなこと! それより大丈夫ですか? どこか痛いところとかありませんか?」
百合「問題ないわ。……倒れた理由はよく分かってるもの」
明日香「え……何かご病気とか……?」
百合「いいえ。心因性よ。きっとショックで倒れたんだわ」
明日香「ショックで……?」
百合「……間宮さんは?」
不思議そうにする明日香を置いて百合は話を変える。明日香は気にした様子もなく答える。
明日香「あ、先輩はお店の人と話してるところです」
百合「そう……」
明日香「あの……?」
何か思い詰めたような顔をする百合を見て、明日香は首を傾げる。すると突然百合が明日香をキッと見つめた。
百合「朝見さん」
明日香「は、はいっ!」
明日香は背筋を伸ばす。そんな明日香をじっくりと見つめ、百合は口を開いた。
百合「貴方、間宮さんの事が好き?」
明日香「えっ!?」
百合「答えてちょうだい」
明日香「え〜と……(この場合、恋愛としてって意味だよね……。でも私達の関係は好き同士だから付き合ってるわけじゃないし……。とはいえ本当の事を言うわけには……)」
突然の質問に明日香は慌てる。百合は怪訝そうに明日香を見た。
百合「……答えられないのかしら?」
明日香「い、いいえっ! 好き! 好きですっ!」
百合「そう。私もよ」
明日香「ええっ!?」
あっさりと春への好意を言葉にする百合に明日香は驚く。逆に百合は不思議そうに言った。
百合「……そんなに驚くことかしら」
明日香「で、でも……先輩は……」
百合「そうね。貴方とお付き合いしているのでしょう」
明日香の続く言葉を引き継ぐように百合は言う。そして瞳を辛そうに伏せた。
百合「……それに私が告白したところで、あの人を困らせるだけな事はわかっています」
百合は顔を上げると明日香を真っ直ぐに見つめた。
百合「でも、私は貴方が気に入らないわ」
「突然現れて、私の好きなあの人の心を持っていってしまった」
明日香「西条先輩……」
何を言えばいいのか、明日香は言葉を詰まらせる。
百合「貴方達が付き合ってること、口外はしません。けれど、代わりに貴方が間宮さんに相応しい人なのか、見定めさせてもらうわ」
明日香「見定めるって……もし、西条先輩が私を春先輩に相応しくないと思ったら……?」
百合「その時は、貴方達の関係を口外するわ」
明日香「そんなっ! 西条先輩なら春先輩の人気をよくわかってらっしゃるはずですよね!? 私やられちゃいますよ!」
百合「ふん。その時は身の危険を感じる前に潔く間宮さんとお別れする事ね」
明日香「そ、そんなぁ〜!」
百合「ちょっと! くっつかないでよ!」
ふんっとそっぽを向く百合に、明日香は半泣きで縋り付く。百合がなんとか引き剥がそうとしていると、騒ぎに気付いたのかガチャリと扉が開いて春が入ってきた。
春「西条さんっ! 良かった、気がついたんだね。今どうやってご家族と連絡をとろうかってお店の人と話してて――」
百合「貴方もよ! 間宮さん!」
春「えっ」
びしっと声をかけられ、春は固まる。厳しい顔と声のまま、百合は二人に言った。
百合「間宮さんと朝見さん、貴方達二人の関係性も見定めさせてもらいますからっ!」
春「え、見定め? な、何?」
百合「詳しいことは朝見さんからお聞きになって! それでは失礼するわ!」
混乱する春を置いて、百合は立ち上がる。慌てて春が止めようと前に出る。
春「ちょっ西条さん! 誰かに迎えにきてもらった方がいいよ!」
百合「従姉妹達がまだ近くにいるはずですから、連絡をして迎えに来てもらうので心配無用です!」
けれど百合はびしっと春に言うと、春をすり抜け颯爽と部屋を出ていこうとする。けれどはたと立ち止まってくるりと二人を振り返った。
百合「ですが挨拶はしっかりと」
「間宮さん、朝見さん。介抱をして頂きありがとうございました。ご迷惑をおかけしましたので、このお礼はまた今度、しっかりとさせて頂きますわ。それでは御機嫌よう」
明日香・春「「ご、御機嫌よう……」」
きっちりとお辞儀をした百合に、二人も釣られてお辞儀をする。閉まる扉。
春「……明日香ちゃん……一体何が……?」
明日香「あ、あはは……」
困惑する春に、明日香は乾いた笑いをこぼした。
○駅前・ベンチ(夜)
明日香「と、いうことがありまして……(西条先輩が春先輩の事を好きなのは黙っておこう……)」
駅前のベンチに座り、明日香は百合が春を想っていること以外の全てを話した。
春ははーとため息を吐いて腕を組む。
春「私達を見定めて、相応しくないと思ったら付き合ってることをバラす、かぁ……またなんというか……」
明日香「西条先輩、パワフルな方ですね……」
春「あはは、うん。礼儀正しくて真面目ないい子なんだけど、時々想像もしないような爆発の仕方をするというか、なんというか……」
明日香「良い人なのは私もよく伝わりました。……でも、見定める基準とかってなんなんですかね?」
春「そこがわかんないと対策のしようがないよね」
明日香・春「う〜ん……」
二人は腕を組んで唸る。けれどいくら考えたところでいい案は浮かばず、春は早々に肩をすくめた。
春「……まあ、いいか。考えたってわからないし」
明日香「もう、そんな事でいいんですか? 私達のことがバレたら、きっと先輩だって大変ですよ。質問攻めで取り囲まれます」
春「その時はその時だよ。それより、今は女の子をこの時間まで連れ回してる方が問題かな」
春は明日香の顔を覗き込む。明日香は少しむっとした顔でそっぽを向いた。
明日香「……春先輩だって、一つしか違わないのに子供扱いですか?」
春「違うよ」
春はくつくつと喉で笑うと、そっと明日香の手を取った。そして自分の口元まで持っていくと、触れない距離で軽くリップ音を立てる。
春「彼女扱いしてるだけ」
明日香「せ、先輩……! 外ですよ……!」
明日香は顔を赤くしながら慌てて自分の手を引っ込める。春は楽しそうに微笑んだ。
春「ふふ、真っ赤だ。可愛いね。こんな可愛い子を夜に一人で帰らせるわけにはいかないから、送っていってもいいかな」
明日香「……春先輩だって、今は可愛い女の子じゃないですか」
照れ隠しのため、ぶすくれたように明日香が言う。春はおかしそうに笑うとくしゃっと髪をかきあげた。
春「なら、今だけは男に戻ろうかな」
明日香「また誰かに見られたら大変なんでやめてくださいっ」
姿も服装も変わっていないはずなのに、本当に男性に見えてしまって、明日香は慌てて首を振る。春は明日香の手を取って繋ぐ。
春「じゃあ、女の子同士仲良く帰ろうね」
明日香「か、勝手にして下さいっ!」
顔を赤くしながらぷいっと横を向く明日香。その耳まで赤い横顔を見て、春は上機嫌で笑った。
○学校・校門内(朝)
女生徒1「ねぇ、あの子じゃない?」
女生徒2「一年の……王子と噂の……」
月曜日、明日香が登校するとやけに周りが騒がしい。明日香は歩きながら耳をそばだてる。
明日香(なんか……)
女生徒3「ショックなんだけど〜王子はみんなの王子だと思ってたのに……」
明日香(なんかっ……!)
女生徒4「どうやって王子と……」
女生徒5「詳しく聞きたい……」
明日香(めちゃくちゃ噂されてるっ……!)
明らかに自分と春のことを言っている様子に、明日香は顔を青くする。
明日香(何でっ!? 西条先輩は見定めるまでは口外しないって言ってたのに……!)
(でも……気の所為じゃない。明らかに見られてる……!)
感じる複数の視線に針の筵状態の明日香。
明日香(一体どうして……)
女生徒6「一年の教室まで迎えに来た王子が、あの子のこと特別って言ったんだって」
明日香(え)
✕ ✕ ✕
〈フラッシュバック〉
春「この子は特別なんだ」
✕ ✕ ✕
聞こえた声に、明日香の足は止まる。するとちょうど前方から春が駆け寄ってきた。
春「明日香ちゃん!」
明日香「春せんぱ」
女生徒1「きゃあ〜! 王子!」
女生徒2「今日も麗しいです〜!」
女生徒3「あの噂は本当なんですか!?」
女生徒4「一年生を特別な子って言ったって……」
女生徒5「どういう事なんですか!? 王子!」
途端に春は女生徒達から囲まれて質問攻めに合う。
春「え、え〜とそれは……」
春、ちらりと明日香を見ると明日香の手を掴む。
春「ごめん! 急いでるから! それとこの子には何も聞いたりしないようにっ!」
女生徒達「ぎゃあああ! 王子がああ!」
絶叫する女生徒達。明日香を連れてどこかへと行く春。
依「何をしているんだあいつらは……」
阿鼻叫喚な様子を、保健室の窓から依が見つめため息を吐いた。
春「ひ、ひとまず、ここまでくれば大丈夫なはず……」
明日香を人気のない校舎裏へと連れ出した春は、周りを用心深くきょろきょろと見渡す。
明日香「春先輩……」
すると後ろから明日香の低い声が聞こえ、春はゼンマイ仕掛けの人形の様にぎぎっと振り返った。
春「あ、あはは……」
乾いた笑い声の春の前には、明らかに怒っている明日香がいる。そしてトントン、と強い調子で春の胸元を突く。
明日香「春! 先輩の! せいじゃ! ないですか! 特別とか! 言うから!」
春「ご、ごめん! あの時はテンション上がっちゃってつい……!」
春はホールドアップで明日香の叱責を受ける。最後に明日香はことさら強く春の胸元を指先で突いた。
明日香「そんな事で私を窮地に陥らせないで下さいっ!」
春「ごめん〜!」
明日香「ああ……きっと昼休みとか放課後に校舎裏に呼び出されるんです……そこでボコられるんだ……」
謝る春と落ち込んだ様子でため息を吐く明日香。春は調子良く明日香の顔を覗き込んだ。
春「今の私みたいに?」
明日香「そうですよっ!」
春「痛い痛い」
明日香はミッと春の両頬をつまむ。痛いといいながらも春は少し楽しげな様子を見せる。明日香は春の頬から手を離すと深刻そうに呟いた。
明日香「どうするですか、ほんとにもう……」
春「大丈夫だよ」
けれど春は自分の両頬を撫でながら確信しているように言う。明日香は春をじとりと見上げた。
明日香「……何でそう言えるんです」
春「約束したでしょ。明日香ちゃんのことは守るって」
✕ ✕ ✕
〈フラッシュバック〉
春「君の事を守るかわりに、俺の事も守って」
✕ ✕ ✕
明日香「あ……」
明日香は思い出して呟く。春は明日香の両手を取って微笑んだ。
春「明日香ちゃんは私の秘密を守ってくれてる。だから私も約束を守るよ。明日香ちゃんの事は誰にも傷つけさせない」
「何かあったらすぐに連絡して。いつでも駆けつけるから」
明日香は春を見上げて、やがてきゅっと両手に力を込めて春の手を握った。
明日香「……約束ですよ」
春「うん。約束」
春も明日香の手に力を込める。そうして微笑み合う二人の話を、校舎の影から百合が聞いていた。
百合「…………」
○学校・教室(朝)
雛美「明日香っ! 大丈夫なの!?」
明日香が春と別れて教室に入ると、すぐに雛美が駆け寄ってきた。
明日香「雛ちゃーん……大変な事になっちゃったよぉ……」
明日香はおいおいと雛美にもたれる。雛美はやさしく明日香を抱き締め、とんとんと背中をさする。
雛美「まさかこんなすぐバレるとはね……まあ、あんな堂々とみんなのいる前で特別とか言ったらそうなるよね……」
明日香「ほんとに……ほんとにそう……」
雛美「で、間宮先輩はなんて?」
雛美が聞くと、明日香は雛美から離れて一つ息を吐く。
明日香「春先輩から、みんなには私に何か聞いたり言ったりしないように言っておくって。それから、何かあったらすぐ連絡するようにって」
雛美「ま、それ以外には今のところ対処法ないよねぇ」
明日香「……何もなければいいんだけど……」
二人はため息を吐く。
○学校・校舎裏(昼休み)
明日香(で、)
女生徒1「貴方、間宮さんのなんなの?」
明日香(早速こんなことになるなんて〜!)
校舎裏で、明日香は三人の女生徒に囲まれる。
女生徒2「ちょっと、聞いてんの?」
明日香「あ、あの……私はちょっと自販機に飲み物を買いに来ただけで……」
女生徒3「ちょっと答えてくれたらすぐに帰すわよ」
明日香「そ、そうですか……(こんな殺気だっててほんとかなぁ!?)」
女生徒1「で? 貴方一年生よね。まだ入学して一週間じゃない。どうやって間宮さんのこと誑かしたわけ?」
明日香「誑かすなんて……」
女生徒の言い分に、流石に明日香は引っかかる。けれど女生徒はハッと馬鹿にしたように鼻で笑った。
女生徒2「そうじゃなきゃおかしいでしょ? 間宮さんはみんなの王子様なの。勝手にでしゃばってこないで」
明日香「みんなの、王子……?」
✕ ✕ ✕
〈フラッシュバック〉
春「そっか……。みんな勘違いしてるんだよね。私は王子様なんて、そんないいものじゃないのに」
✕ ✕ ✕
女生徒3「そうよ。変に近づいたりしないで」
明日香「近づくなって……」
✕ ✕ ✕
〈フラッシュバック〉
春「……この学校に入学して、正体がバレないようにってこの一年ずっと気を張ってて。誰かと仲良くなったりしたらその分俺の正体がバレる可能性も高くなるから、誰とも深く付き合わないようにして……。放課後遊んだりもしないし、こうやってここでお昼も一人で食べて……」
「でも、昨日明日香ちゃんに正体がバレて、久しぶりに白鳥先生以外と普通に喋って。帰りに二人でスタバとか寄っちゃってさ」
「楽しかったんだよね」
✕ ✕ ✕
女生徒達の言葉で春の言葉や表情を思い出し、明日香はぎゅっと手を握り込む。
明日香「……そんなの、おかしいです」
女生徒1「はぁ?」
明日香「先輩に王子なんて勝手な理想を押し付けて。誰とも仲良くなっちゃいけないなんて、」
明日香は顔を上げて女生徒達を睨見つける。
明日香「春先輩は絵本の中の王子様じゃないんですっ! 誰と仲良くなるのも、理想の王子様じゃないのも、そんなの先輩の自由です! 貴方達に決められることじゃないっ!」
女生徒1「こいつっ!」
明日香「っ!」
女生徒の一人が激昂して、明日香に手を振り上げる。明日香はぎゅっと目を瞑る。
ぱしんと音が響いた。
明日香「パートナーって……春先輩は西条先輩とお付き合いしてるんですか!?!?」
春「違う! 明日香ちゃん誤解だから!」
驚く明日香に春は慌てて弁解しようとするが、すぐに百合が春に詰め寄る。
百合「酷いです間宮さん! 間宮さんは頑なにお名前を呼ばせてくれないし、私の名前も呼んでくれないというのに……」
「春先輩、明日香ちゃん、ですってぇ!?」
よよっと涙を拭ったはずの百合は、眉尻を上げ、声を荒げて春にぐいぐいと詰め寄る。
百合「一体どういう事なのですか! 間宮さんっ!」
明日香「どういう事なんですか、先輩!」
明日香も百合と一緒に春に詰め寄れば、春は疲れた顔で天を仰いだ。
春「……誰か助けて……」
○駅前・カフェ(夕方)
春「説明すると、」
カフェに入った三人はテーブルを囲んで座る。話を切り出したのは春からだった。
春「西条さんは私の一年の時からのクラスメイトなんだ。席が隣だった事がきっかけで喋るようになったんだけど……」
百合「間宮さんは他の学年や同学年からも注目されていて、休み時間の度に誰かしらが間宮さんの席の周りを取り囲んでいたの」
春の説明を継ぐように百合が話し出す。
百合「でもそれでは間宮さんが休めないでしょう? だから私が、間宮さんの一番のお友達として、その整理を買ってでたのよ」
「それから間宮さんのファンの管理は私が請け負っているの。つまり、私と間宮さんはパートナーなのよ!」
ふんっと腰に手を当て胸を張る百合。明日香は理解出来ないながらも頷いた。
明日香「な、なるほど……?」
春「西条さんには感謝してるけど、そのパートナーって言うの止めないかな……? さっきの明日香ちゃんみたいに勘違いされちゃうし……」
申し訳無さそうに春は進言する。百合は慌てたように弁解した。
百合「わ、私はっ! 分かりやすいからその呼び名を使っているだけですからっ! ……それに、勘違いされてもいいですし……」
最後はぽそりと小さな声で言う百合。春は聞き取れず首を傾げる。
春「えっ?」
百合「そ、そそそれよりっ! お二人の関係はなんなんですか!? どれほどの親しい間柄で名前呼びを!?」
誤魔化すように百合は話題を変える。明日香と春はどう話そうかと顔を見合わせる。
明日香「え、えーと……」
春「……そうだね。お世話になってる西条さんには言っておくよ」
明日香「せ、先輩っ!? 本気ですか!?」
春「うん。……明日香ちゃんが嫌じゃなければ、だけど」
明日香「これで学校中に広まって私が先輩の過激派に呼び出されたらどうするんですかっ!」
春「過激派? ま、まぁ……それは大丈夫。……西条さんは、これから聞くこと誰にも言わないでくれる?」
春は百合を見て問う。百合は何か分からないながらも頷いた。
百合「え、ええ……」
春「だって」
明日香「……なら、良いですけど……」
明日香も不安ながらも頷いた。百合は状況が読めず疑問符を浮かべる。
百合「い、一体なんです? 何の話を……」
春「西条さん。私と明日香ちゃんは――」
春が口を開く。百合はいいようのない不安に苛まれながらドキドキと次の言葉を待つ。
春「付き合ってるんだ」
百合、意識が遠のきテーブルに倒れる。
春「西条さんっ!?」
明日香「西条先輩! 大丈夫ですか!?」
春「西条さんっ!」
百合、だんだんと春と明日香の声が小さくなっていき、完全に意識がなくなる。
○(回想)春、百合の高校一年生入学時
百合、桜を見上げている春を見つけ、見惚れる。
百合「綺麗……」
風が吹き、春が百合に気づく。ばちっと目が合う。
百合は顔を赤くして慌てる。
百合「っ! あ、あのっ」
春「……一年生?」
春は静かに問いかける。百合は頷く。
百合「は、はい」
春「私もなんだ。間宮――春っていいます」
百合「あ……西条百合です。……間宮さん、とおっしゃるのね」
名前を呼ばれ、春は一つ瞬く。そして噛み締めるように、美しく、悲しく笑った。
春「うん。これからよろしくね、西条さん」
(回想終了)
○カフェ・スタッフルーム
明日香「……さ……じょう……ぱい、西条先輩!」
百合「はっ!」
名前を呼ばれて百合はソファから飛び起きる。横では明日香がほっとした顔をした。
明日香「よかった! 心配しましたよ……!」
百合「ここは……?」
百合はきょろきょろと部屋を見回す。簡素なテーブルや椅子、キャビネット、パソコンなどが置かれている。百合と明日香以外に人はいない。
明日香「お店のスタッフルームです。西条先輩が倒れたので、貸して頂いたんですよ」
百合「そう……だったの。迷惑をかけてごめんなさいね」
百合が殊勝に謝ると、明日香は首を振った。
明日香「そんなこと! それより大丈夫ですか? どこか痛いところとかありませんか?」
百合「問題ないわ。……倒れた理由はよく分かってるもの」
明日香「え……何かご病気とか……?」
百合「いいえ。心因性よ。きっとショックで倒れたんだわ」
明日香「ショックで……?」
百合「……間宮さんは?」
不思議そうにする明日香を置いて百合は話を変える。明日香は気にした様子もなく答える。
明日香「あ、先輩はお店の人と話してるところです」
百合「そう……」
明日香「あの……?」
何か思い詰めたような顔をする百合を見て、明日香は首を傾げる。すると突然百合が明日香をキッと見つめた。
百合「朝見さん」
明日香「は、はいっ!」
明日香は背筋を伸ばす。そんな明日香をじっくりと見つめ、百合は口を開いた。
百合「貴方、間宮さんの事が好き?」
明日香「えっ!?」
百合「答えてちょうだい」
明日香「え〜と……(この場合、恋愛としてって意味だよね……。でも私達の関係は好き同士だから付き合ってるわけじゃないし……。とはいえ本当の事を言うわけには……)」
突然の質問に明日香は慌てる。百合は怪訝そうに明日香を見た。
百合「……答えられないのかしら?」
明日香「い、いいえっ! 好き! 好きですっ!」
百合「そう。私もよ」
明日香「ええっ!?」
あっさりと春への好意を言葉にする百合に明日香は驚く。逆に百合は不思議そうに言った。
百合「……そんなに驚くことかしら」
明日香「で、でも……先輩は……」
百合「そうね。貴方とお付き合いしているのでしょう」
明日香の続く言葉を引き継ぐように百合は言う。そして瞳を辛そうに伏せた。
百合「……それに私が告白したところで、あの人を困らせるだけな事はわかっています」
百合は顔を上げると明日香を真っ直ぐに見つめた。
百合「でも、私は貴方が気に入らないわ」
「突然現れて、私の好きなあの人の心を持っていってしまった」
明日香「西条先輩……」
何を言えばいいのか、明日香は言葉を詰まらせる。
百合「貴方達が付き合ってること、口外はしません。けれど、代わりに貴方が間宮さんに相応しい人なのか、見定めさせてもらうわ」
明日香「見定めるって……もし、西条先輩が私を春先輩に相応しくないと思ったら……?」
百合「その時は、貴方達の関係を口外するわ」
明日香「そんなっ! 西条先輩なら春先輩の人気をよくわかってらっしゃるはずですよね!? 私やられちゃいますよ!」
百合「ふん。その時は身の危険を感じる前に潔く間宮さんとお別れする事ね」
明日香「そ、そんなぁ〜!」
百合「ちょっと! くっつかないでよ!」
ふんっとそっぽを向く百合に、明日香は半泣きで縋り付く。百合がなんとか引き剥がそうとしていると、騒ぎに気付いたのかガチャリと扉が開いて春が入ってきた。
春「西条さんっ! 良かった、気がついたんだね。今どうやってご家族と連絡をとろうかってお店の人と話してて――」
百合「貴方もよ! 間宮さん!」
春「えっ」
びしっと声をかけられ、春は固まる。厳しい顔と声のまま、百合は二人に言った。
百合「間宮さんと朝見さん、貴方達二人の関係性も見定めさせてもらいますからっ!」
春「え、見定め? な、何?」
百合「詳しいことは朝見さんからお聞きになって! それでは失礼するわ!」
混乱する春を置いて、百合は立ち上がる。慌てて春が止めようと前に出る。
春「ちょっ西条さん! 誰かに迎えにきてもらった方がいいよ!」
百合「従姉妹達がまだ近くにいるはずですから、連絡をして迎えに来てもらうので心配無用です!」
けれど百合はびしっと春に言うと、春をすり抜け颯爽と部屋を出ていこうとする。けれどはたと立ち止まってくるりと二人を振り返った。
百合「ですが挨拶はしっかりと」
「間宮さん、朝見さん。介抱をして頂きありがとうございました。ご迷惑をおかけしましたので、このお礼はまた今度、しっかりとさせて頂きますわ。それでは御機嫌よう」
明日香・春「「ご、御機嫌よう……」」
きっちりとお辞儀をした百合に、二人も釣られてお辞儀をする。閉まる扉。
春「……明日香ちゃん……一体何が……?」
明日香「あ、あはは……」
困惑する春に、明日香は乾いた笑いをこぼした。
○駅前・ベンチ(夜)
明日香「と、いうことがありまして……(西条先輩が春先輩の事を好きなのは黙っておこう……)」
駅前のベンチに座り、明日香は百合が春を想っていること以外の全てを話した。
春ははーとため息を吐いて腕を組む。
春「私達を見定めて、相応しくないと思ったら付き合ってることをバラす、かぁ……またなんというか……」
明日香「西条先輩、パワフルな方ですね……」
春「あはは、うん。礼儀正しくて真面目ないい子なんだけど、時々想像もしないような爆発の仕方をするというか、なんというか……」
明日香「良い人なのは私もよく伝わりました。……でも、見定める基準とかってなんなんですかね?」
春「そこがわかんないと対策のしようがないよね」
明日香・春「う〜ん……」
二人は腕を組んで唸る。けれどいくら考えたところでいい案は浮かばず、春は早々に肩をすくめた。
春「……まあ、いいか。考えたってわからないし」
明日香「もう、そんな事でいいんですか? 私達のことがバレたら、きっと先輩だって大変ですよ。質問攻めで取り囲まれます」
春「その時はその時だよ。それより、今は女の子をこの時間まで連れ回してる方が問題かな」
春は明日香の顔を覗き込む。明日香は少しむっとした顔でそっぽを向いた。
明日香「……春先輩だって、一つしか違わないのに子供扱いですか?」
春「違うよ」
春はくつくつと喉で笑うと、そっと明日香の手を取った。そして自分の口元まで持っていくと、触れない距離で軽くリップ音を立てる。
春「彼女扱いしてるだけ」
明日香「せ、先輩……! 外ですよ……!」
明日香は顔を赤くしながら慌てて自分の手を引っ込める。春は楽しそうに微笑んだ。
春「ふふ、真っ赤だ。可愛いね。こんな可愛い子を夜に一人で帰らせるわけにはいかないから、送っていってもいいかな」
明日香「……春先輩だって、今は可愛い女の子じゃないですか」
照れ隠しのため、ぶすくれたように明日香が言う。春はおかしそうに笑うとくしゃっと髪をかきあげた。
春「なら、今だけは男に戻ろうかな」
明日香「また誰かに見られたら大変なんでやめてくださいっ」
姿も服装も変わっていないはずなのに、本当に男性に見えてしまって、明日香は慌てて首を振る。春は明日香の手を取って繋ぐ。
春「じゃあ、女の子同士仲良く帰ろうね」
明日香「か、勝手にして下さいっ!」
顔を赤くしながらぷいっと横を向く明日香。その耳まで赤い横顔を見て、春は上機嫌で笑った。
○学校・校門内(朝)
女生徒1「ねぇ、あの子じゃない?」
女生徒2「一年の……王子と噂の……」
月曜日、明日香が登校するとやけに周りが騒がしい。明日香は歩きながら耳をそばだてる。
明日香(なんか……)
女生徒3「ショックなんだけど〜王子はみんなの王子だと思ってたのに……」
明日香(なんかっ……!)
女生徒4「どうやって王子と……」
女生徒5「詳しく聞きたい……」
明日香(めちゃくちゃ噂されてるっ……!)
明らかに自分と春のことを言っている様子に、明日香は顔を青くする。
明日香(何でっ!? 西条先輩は見定めるまでは口外しないって言ってたのに……!)
(でも……気の所為じゃない。明らかに見られてる……!)
感じる複数の視線に針の筵状態の明日香。
明日香(一体どうして……)
女生徒6「一年の教室まで迎えに来た王子が、あの子のこと特別って言ったんだって」
明日香(え)
✕ ✕ ✕
〈フラッシュバック〉
春「この子は特別なんだ」
✕ ✕ ✕
聞こえた声に、明日香の足は止まる。するとちょうど前方から春が駆け寄ってきた。
春「明日香ちゃん!」
明日香「春せんぱ」
女生徒1「きゃあ〜! 王子!」
女生徒2「今日も麗しいです〜!」
女生徒3「あの噂は本当なんですか!?」
女生徒4「一年生を特別な子って言ったって……」
女生徒5「どういう事なんですか!? 王子!」
途端に春は女生徒達から囲まれて質問攻めに合う。
春「え、え〜とそれは……」
春、ちらりと明日香を見ると明日香の手を掴む。
春「ごめん! 急いでるから! それとこの子には何も聞いたりしないようにっ!」
女生徒達「ぎゃあああ! 王子がああ!」
絶叫する女生徒達。明日香を連れてどこかへと行く春。
依「何をしているんだあいつらは……」
阿鼻叫喚な様子を、保健室の窓から依が見つめため息を吐いた。
春「ひ、ひとまず、ここまでくれば大丈夫なはず……」
明日香を人気のない校舎裏へと連れ出した春は、周りを用心深くきょろきょろと見渡す。
明日香「春先輩……」
すると後ろから明日香の低い声が聞こえ、春はゼンマイ仕掛けの人形の様にぎぎっと振り返った。
春「あ、あはは……」
乾いた笑い声の春の前には、明らかに怒っている明日香がいる。そしてトントン、と強い調子で春の胸元を突く。
明日香「春! 先輩の! せいじゃ! ないですか! 特別とか! 言うから!」
春「ご、ごめん! あの時はテンション上がっちゃってつい……!」
春はホールドアップで明日香の叱責を受ける。最後に明日香はことさら強く春の胸元を指先で突いた。
明日香「そんな事で私を窮地に陥らせないで下さいっ!」
春「ごめん〜!」
明日香「ああ……きっと昼休みとか放課後に校舎裏に呼び出されるんです……そこでボコられるんだ……」
謝る春と落ち込んだ様子でため息を吐く明日香。春は調子良く明日香の顔を覗き込んだ。
春「今の私みたいに?」
明日香「そうですよっ!」
春「痛い痛い」
明日香はミッと春の両頬をつまむ。痛いといいながらも春は少し楽しげな様子を見せる。明日香は春の頬から手を離すと深刻そうに呟いた。
明日香「どうするですか、ほんとにもう……」
春「大丈夫だよ」
けれど春は自分の両頬を撫でながら確信しているように言う。明日香は春をじとりと見上げた。
明日香「……何でそう言えるんです」
春「約束したでしょ。明日香ちゃんのことは守るって」
✕ ✕ ✕
〈フラッシュバック〉
春「君の事を守るかわりに、俺の事も守って」
✕ ✕ ✕
明日香「あ……」
明日香は思い出して呟く。春は明日香の両手を取って微笑んだ。
春「明日香ちゃんは私の秘密を守ってくれてる。だから私も約束を守るよ。明日香ちゃんの事は誰にも傷つけさせない」
「何かあったらすぐに連絡して。いつでも駆けつけるから」
明日香は春を見上げて、やがてきゅっと両手に力を込めて春の手を握った。
明日香「……約束ですよ」
春「うん。約束」
春も明日香の手に力を込める。そうして微笑み合う二人の話を、校舎の影から百合が聞いていた。
百合「…………」
○学校・教室(朝)
雛美「明日香っ! 大丈夫なの!?」
明日香が春と別れて教室に入ると、すぐに雛美が駆け寄ってきた。
明日香「雛ちゃーん……大変な事になっちゃったよぉ……」
明日香はおいおいと雛美にもたれる。雛美はやさしく明日香を抱き締め、とんとんと背中をさする。
雛美「まさかこんなすぐバレるとはね……まあ、あんな堂々とみんなのいる前で特別とか言ったらそうなるよね……」
明日香「ほんとに……ほんとにそう……」
雛美「で、間宮先輩はなんて?」
雛美が聞くと、明日香は雛美から離れて一つ息を吐く。
明日香「春先輩から、みんなには私に何か聞いたり言ったりしないように言っておくって。それから、何かあったらすぐ連絡するようにって」
雛美「ま、それ以外には今のところ対処法ないよねぇ」
明日香「……何もなければいいんだけど……」
二人はため息を吐く。
○学校・校舎裏(昼休み)
明日香(で、)
女生徒1「貴方、間宮さんのなんなの?」
明日香(早速こんなことになるなんて〜!)
校舎裏で、明日香は三人の女生徒に囲まれる。
女生徒2「ちょっと、聞いてんの?」
明日香「あ、あの……私はちょっと自販機に飲み物を買いに来ただけで……」
女生徒3「ちょっと答えてくれたらすぐに帰すわよ」
明日香「そ、そうですか……(こんな殺気だっててほんとかなぁ!?)」
女生徒1「で? 貴方一年生よね。まだ入学して一週間じゃない。どうやって間宮さんのこと誑かしたわけ?」
明日香「誑かすなんて……」
女生徒の言い分に、流石に明日香は引っかかる。けれど女生徒はハッと馬鹿にしたように鼻で笑った。
女生徒2「そうじゃなきゃおかしいでしょ? 間宮さんはみんなの王子様なの。勝手にでしゃばってこないで」
明日香「みんなの、王子……?」
✕ ✕ ✕
〈フラッシュバック〉
春「そっか……。みんな勘違いしてるんだよね。私は王子様なんて、そんないいものじゃないのに」
✕ ✕ ✕
女生徒3「そうよ。変に近づいたりしないで」
明日香「近づくなって……」
✕ ✕ ✕
〈フラッシュバック〉
春「……この学校に入学して、正体がバレないようにってこの一年ずっと気を張ってて。誰かと仲良くなったりしたらその分俺の正体がバレる可能性も高くなるから、誰とも深く付き合わないようにして……。放課後遊んだりもしないし、こうやってここでお昼も一人で食べて……」
「でも、昨日明日香ちゃんに正体がバレて、久しぶりに白鳥先生以外と普通に喋って。帰りに二人でスタバとか寄っちゃってさ」
「楽しかったんだよね」
✕ ✕ ✕
女生徒達の言葉で春の言葉や表情を思い出し、明日香はぎゅっと手を握り込む。
明日香「……そんなの、おかしいです」
女生徒1「はぁ?」
明日香「先輩に王子なんて勝手な理想を押し付けて。誰とも仲良くなっちゃいけないなんて、」
明日香は顔を上げて女生徒達を睨見つける。
明日香「春先輩は絵本の中の王子様じゃないんですっ! 誰と仲良くなるのも、理想の王子様じゃないのも、そんなの先輩の自由です! 貴方達に決められることじゃないっ!」
女生徒1「こいつっ!」
明日香「っ!」
女生徒の一人が激昂して、明日香に手を振り上げる。明日香はぎゅっと目を瞑る。
ぱしんと音が響いた。