龍神島の花嫁綺譚

「どういうつもりだ、黄怜。おまえはこれまで花嫁争いには口を出してこなかっただろ。おまえも、天音に似た花嫁がほしいのか」

 紅牙の挑発に、黄怜が「まさか」と鼻で笑う。

「天音に似た花嫁を手に入れたくて過剰に熱くなってるのはふたりでしょう。どちらのもとに連れて行かれても、この子にとっては危険だよ」
「だったら黄怜、おまえは危険じゃないのか」
「少なくとも、ふたりよりは。行こう」

 そう言うと、黄怜が陽葉の顔も見ずに着物の袖を引く。

 屋敷の廊下を歩きながら、陽葉は自分を連れ出したのが黄怜であることが不思議でならなかった。

 陽葉が身代わりの無能な花嫁であることを知って、一番怒っていたのはおそらく黄怜だ。

「あの、どうして――」

 足速に進む背中に声をかけると、黄怜が面倒くさそうに振り向く。

「ただの気まぐれ」

 返ってきた言葉に陽葉が目を瞬くと、黄怜が煩わしげに目を細めた。

「僕がどうして君を連れ出したか聞きたかったんじゃないの?」
「あ、はい……」
「僕の気まぐれに感謝しなよね。よく考えたほうがいいよ。この島にとどまれば、心を奪われ、やがて今のままではいられなくなる。それに、あのふたりを選べば、あんたなんてあっさり食われちゃうよ」
「え……」

 陽葉が蒼樹と紅牙にかぶかぶと頭から食われることを想像して青ざめると、黄怜が意外そうに、ふっと笑った。

「鈍いところは違うんだ?」

 黄怜が陽葉の向こうに思い描くのは、やはり天音なのだろうか。

 ほんの一瞬だけ見せた黄怜の優しいまなざしに、陽葉の胸がきゅっと狭まった。
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