龍神島の花嫁綺譚
お櫃を持って西の邸宅を出たその瞬間、
「陽葉っ……!」
待ち構えていた紅牙にぎゅっと抱きつかれた。
「こ、紅牙さん……?」
「どこ行くんだ? あ、もしかして、俺のところに来ようとしてた?」
にこにこ笑顔で問われて、「いえ」と答える陽葉の顔がひきつる。
霊受の儀のあと、紅牙は黄怜のところで世話になっている陽葉のもとに頻繁に会いにきていた。
花や貢ぎ物を持ってきては、南の邸宅に来いと誘われるのだが、陽葉はいつも笑顔でごまかしている。
聞くところによると、紅牙の南の邸宅や蒼樹の東の邸宅には、龍神島に残った歴代の花嫁が何人もいて、二人からの寵愛を受けるために争っているらしい。
だが、白玖斗と黄怜は霊受の儀を終えた花嫁を受け入れない。白玖斗は天音以外に興味がなく、黄怜は人嫌いだからだそうだ。
他の花嫁たちとの争いがない黄怜の邸宅は、陽葉にはとても暮らしやすい。
喜一と和乃に裏切られたこともあり、しばらくは色恋沙汰に巻き込まれるのはごめんだった。