龍神島の花嫁綺譚
「あの、紅牙さん……。絢子さんたちのところへ行ってさしあげたほうが良いのでは……」
絢子は一番に紅牙の寵愛を受けていたから、彼の気が陽葉にばかり向けられることがとにかくおもしろくないのだ。
陽葉が上目遣いに提案すると、紅牙が微妙そうに眉を寄せて、はあーっと息を吐いた。
「陽葉が言うなら。でも、おまえを南の邸宅に呼ぶことを諦めたわけじゃないからな」
紅牙が陽葉の肩を一度ギュッと抱き寄せてから、名残惜しそうに西の邸宅を出て行く。
「だから元花嫁なんて囲うべきじゃないのに。大変だね、あんたも」
紅牙の背中を見送る陽葉に、黄怜が同情のまなざしを向けてくる。
「ありがとうございます、黄怜さん」
紅牙や絢子の襲来から助けてもらった礼を言うと、黄怜が「は?」とそっぽ向く。
「東の邸宅で米もらうんでしょ。早く行ってきたら?」
早足で邸宅へと戻って行こうとする黄怜が照れているのがわかる。
初めは嫌われているのかと思ったが、そうではない。
表には出さないが、黄怜は優しい。彼の裏返しの優しさを、陽葉はとても好ましく思う。
島に来てから、不自由なく暮らせているのは黄怜がさりげなく守ってくれているからだ。
「いってまいります」
陽葉は照れた黄怜の背中に笑顔で会釈した。