龍神島の花嫁綺譚


 東の邸宅を飛び出した陽葉は、四方に連なる龍神島の広い屋敷をわき目振らずに駆けた。

 屋敷の入り口を出ると、入り江につながる洞窟が見えてくる。

 その中を紅牙に連れてこられたときとは逆方向に進んでいくと、案外簡単に入り江のある出口まで辿り着くことができた。

 浜辺に出てみると、入り江に打ち寄せる波は比較的穏やかだったが、その先の海は朔の夜とは比べものにならないくらいに荒れている。

 ほんとうに夕凪の刻に海が凪ぐのだろうか。

 空を見れば太陽の位置は下がってきているものの、日の入りまではまだしばらく時間がある。

 最後に陽葉を突き飛ばしたときの志津は少し様子がおかしかったが、龍神島から逃げ出す方法を教えてくれたときの彼女は正気だった。そう思いたいし、そう信じている。

 とりあえず今は、舟をいつでも出せるように準備して、夕凪の刻を待つしかない。

 陽葉は、舟の場所を確かめておこうと洞窟の中に戻った。

 志津の話がほんとうなら、舟が置いてあるのは左の道の奥のはず。

 けれど分かれ道の前で、陽葉はハッとして足を止めた。屋敷を出てきたときは確かにふたつしかなかった道が、三つに増えていたのだ。

 龍神島に来た直後に迷い込み、なぜか消えてしまった三つ目の道。それが、陽葉の目の前にある。

 やはり、見間違いではなかった。

 右端に現れた道を見つめていると、奥のほうで、ぽわっと橙色の光が灯る。それに導かれるように、陽葉は奥と足を踏み入れた。
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