社長、子供扱いはやめてください
「お疲れ様です。泉川です」
「あ、泉川さん、お疲れ様ー」
「……中谷さん、あの……今月のバイト代が振り込まれてなかったんですけど――」
「あー……そうらしいのよね。今月のは少し遅れるって本社から連絡あったんだけど、これってどうなるのかしらね? 振込はちゃんとされるとは思うんだけど……」
「えー、それってヤバくないですか?」
「うん、ねぇ……」

 電話の向こうで中谷が呆れ笑いを浮かべているのが容易に想像できる。でも、穏やかな雰囲気を持つ彼女だけれど、意外と言う時ははっきりと言うタイプだ。

「泉川さん、最近は入ってなかったから知らないかもだけど、ここんとこ売上金は閉店後に営業さんが回収に来てたのよ。配送も業者さんじゃなく、工場の人が直接運んで来てたりね」

 工場での一括製造により、この辺りの店の中では断トツの安さが売りのケーキ屋”パテル”。種類によってはコンビニスイーツよりもお手頃価格だと、それなりにリピーターも多いチェーン店。味はまあ、値段相応。

 咲月が働いている東町店は駅前ということもあり、一年を通してそれなりに売上もあったから、まさか会社全体ではそんな危うい状況になっているとは思いもしなかった。従来は口座へと入金しに行っていた売上金を銀行を通さず回収しているということは、相当ヤバイんじゃないだろうか。

「まさか、潰れたりはしないですよね……?」
「んー、どうだろう?」
「ええーっ、私、4月から社員にしてもらえるって――」

 「あぁ……」と中谷も困り切った声を漏らしている。あまりにも悲惨過ぎて、同情の言葉も思いつかないのか、電話の向こうからも深い溜め息が返ってくる。

「今月の振り込みは遅くても一週間以内には何とかするって店長も言ってたし、もう少しだけ待ってあげて。さすがに未払いとかは無いだろうけど」

 中谷自身もパート代が支払われていない状態なはずだが、咲月ほど焦っているようには思えない。きっと、会社員の夫の給与で生活には不自由していないのだろう。

 咲月と話している内に店に来客があったらしく、中谷が慌て気味に「きっと大丈夫よ」とだけ言い残して通話を切る。その大丈夫はバイト代の振り込みのことだけを指すのか、それとも咲月の4月からの就職のことなのかは分からない。
< 2 / 3 >

この作品をシェア

pagetop