社長、子供扱いはやめてください
「実はさ、火野川の店で食中毒が出ちゃってね、保健所の指示でしばらくは全店休業しなきゃならなくてさ。工場内の検査とかいろいろあって、製造も完全ストップすることになって」
「えっ、じゃあ、しばらくバイト無しですか? それって、いつまで……?」
「うん、そうだな……いつまでになるんだろうねぇ」
大槻の後ろではまた別の電話の呼び出し音が聞こえてくる。急な休業に、5店舗ある直営店だけでなく、定期的にケーキ類を卸しているカフェなどからの問い合わせが殺到している状況だろうか。
詳しい状況が分かったら、また改めて連絡するという大槻の言葉に、ただの学生バイトには「分かりました」と答えるくらいしかできない。
そして、昨日の昼過ぎ、咲月の元には本社から内定取り消しの通知書が簡易書留で届けられた。それによると、取り消しの理由は業績悪化による企業倒産とのことだ。薄々感付いてはいたが、悪い予想が現実となってしまった。
個人的に連絡を取り合った他のバイト仲間によれば、パテルが20億の負債を抱えて破産宣告を受けたと、今日の朝刊の地方欄の片隅に掲載されていたらしい。売上金を銀行へ入れることが出来なかったのは、速攻で差し押さえられてしまうからだったのだ。
そんな危なっかしい会社に社員で就職しようとしていたことに身震いする。入社して速攻で無職になる可能性だってあったはずで、これは職歴に余計な傷がつく前で良かったと前向きに考えるべきなのか……。
――就職先と、バイト先を同時に失ってしまったなんて、親には何て説明したらいいんだろ……。
卒業後の進路は勿論だけど、当面の生活費を稼ぐアテまで無くなった。学生生活の残り2か月間は今まで通り仕送りはあるけれど、それ以降は自分で何とかする予定だった。勿論、親に正直に話せば継続して送って貰えるかもしれないが、実家には高2の妹、千鶴がいる。これから大学受験を控えている妹の塾代だってあるし、とっくに成人した姉まで甘え続ける訳にもいかない。
「あははっ。不幸を全部背負ってます、みたいな顔してるから、何があったのかと思ったら」
「……だって、また一から就職活動なんだよ。短期バイトも肉体労働ばっかりだし」
学生同士ではまず入店できそうもない、いかにも高級なイタリアンレストランで、ピンクベージュの品の良いスーツ姿の叔母、泉川敦子が手を叩いて大袈裟に笑い飛ばしてくる。それには拗ねたように唇を突き出して、向かいの席から咲月が言い訳する。
一旦帰宅した後、手持ちの中では一番落ち着いてみえるだろうネイビーの小花柄のワンピースへと着替えてきた。これは先月にクリスマスプレゼントとして敦子が買ってくれたものだったから、待ち合わせ場所で咲月が実際に着ている姿を見た瞬間、叔母は「ほら、やっぱり似合うじゃない」ととても嬉しそうにしていた。
「えっ、じゃあ、しばらくバイト無しですか? それって、いつまで……?」
「うん、そうだな……いつまでになるんだろうねぇ」
大槻の後ろではまた別の電話の呼び出し音が聞こえてくる。急な休業に、5店舗ある直営店だけでなく、定期的にケーキ類を卸しているカフェなどからの問い合わせが殺到している状況だろうか。
詳しい状況が分かったら、また改めて連絡するという大槻の言葉に、ただの学生バイトには「分かりました」と答えるくらいしかできない。
そして、昨日の昼過ぎ、咲月の元には本社から内定取り消しの通知書が簡易書留で届けられた。それによると、取り消しの理由は業績悪化による企業倒産とのことだ。薄々感付いてはいたが、悪い予想が現実となってしまった。
個人的に連絡を取り合った他のバイト仲間によれば、パテルが20億の負債を抱えて破産宣告を受けたと、今日の朝刊の地方欄の片隅に掲載されていたらしい。売上金を銀行へ入れることが出来なかったのは、速攻で差し押さえられてしまうからだったのだ。
そんな危なっかしい会社に社員で就職しようとしていたことに身震いする。入社して速攻で無職になる可能性だってあったはずで、これは職歴に余計な傷がつく前で良かったと前向きに考えるべきなのか……。
――就職先と、バイト先を同時に失ってしまったなんて、親には何て説明したらいいんだろ……。
卒業後の進路は勿論だけど、当面の生活費を稼ぐアテまで無くなった。学生生活の残り2か月間は今まで通り仕送りはあるけれど、それ以降は自分で何とかする予定だった。勿論、親に正直に話せば継続して送って貰えるかもしれないが、実家には高2の妹、千鶴がいる。これから大学受験を控えている妹の塾代だってあるし、とっくに成人した姉まで甘え続ける訳にもいかない。
「あははっ。不幸を全部背負ってます、みたいな顔してるから、何があったのかと思ったら」
「……だって、また一から就職活動なんだよ。短期バイトも肉体労働ばっかりだし」
学生同士ではまず入店できそうもない、いかにも高級なイタリアンレストランで、ピンクベージュの品の良いスーツ姿の叔母、泉川敦子が手を叩いて大袈裟に笑い飛ばしてくる。それには拗ねたように唇を突き出して、向かいの席から咲月が言い訳する。
一旦帰宅した後、手持ちの中では一番落ち着いてみえるだろうネイビーの小花柄のワンピースへと着替えてきた。これは先月にクリスマスプレゼントとして敦子が買ってくれたものだったから、待ち合わせ場所で咲月が実際に着ている姿を見た瞬間、叔母は「ほら、やっぱり似合うじゃない」ととても嬉しそうにしていた。