邂逅の花

諦め

2013年3月18日

空になった高校の教室に、夕暮れの陽射しが差し込む。
オレンジ色のキャンバスには、机に座り、頭を抱える人影が描かれている。
人影の正体は、俺――語田(かたりだ) (はじめ)だ。

「分かるわけないのにな…」

手に持っていたペンを机に放ると、椅子に深くもたれかかり、天井を見つめた。
俺は、あの日以来、手紙の解読を続けている。

「【立花咲より】【2013年4月1日、隠した】【目印は君が持っている】」

手紙から読取れるのはたったこれだけだ。いや、本当はもっとあったのだ。だが、手紙は千切れ、文字が滲んでいるため、これだけしか読めない。
あと14日で、2013年4月1日だ。
もしかしたら、この日に彼女と再会できるのではないか。
ここ最近は、そんな甘い希望で頭が埋めつくされていた。

「やっべ、こんなことしている場合じゃなかった」

俺は、慌てて補講用のノートを開く。
皆が帰った教室に一人でいるのは、手紙の解読のためじゃない。補講課題の提出日が今日までだからだ。
先生が帰るまでに、職員室に持っていかないと。
課題を進めようと再びペンを握った。

しかし、誰かの声が聞こえたのでペンを机に置いた。

「お疲れ!遅くまでご苦労様です!」

教室の入口の方を見ると、俺と同じサッカー部の秋山悠平がいた。

「なんだよ、悠平か…何しにきたんだ?」
「いつも、真面目な創君にしては、居残りなんて珍しいと思ってね」
「見学させてもらうよ~」

悠平は、半分ニヤけた顔をしながら、俺の元まで歩いた。
机上のノートに手を伸ばすとページをめくった。
ノートをめくるにつれ、俺をイラっとさせたニヤケ顔は、だんだんと真顔に変わっていった。
完全な真顔になったところで、悠平は言葉を発した。

「全然、進んでないな」
「創、大丈夫か?最近、様子がおかしいぞ」
「ぼーとしているっていうか。何か悩んでいるというか」

さすが、俺と付合いが長いだけある。
悠平の言う通り、最近は手紙のせいで勉強も部活も集中できていない。
サッカー部の練習では、いつもはしないようなミスが続いて監督に怒られている。

「大丈夫だ。最近ちょっと疲れているだけ」
「そうか、問題なければいいのだが」
「なぁ、創」
「なんだ?」
「部活の皆もお前のことを心配しているぞ。大会間近で、部長のお前が大変なのは分かる」
「ただ、あまり一人で背負い込もうとするなよ!」
「俺達はチームで戦っているんだ、何かあったら話してくれよな!」
「悠平…心配かけてごめん」

悠平は教室の時計を見てうなずいた。

「じゃあ、まずはその課題を早く終わらせろよな!」
「じゃあな!」

そう言って、悠平は教室から出て行った。

悠平が教室を出てから一時間後。
さっきまで空だったノートは文字で埋められ、問題はラスト1問だけとなった。
シャンプーペンシルを急いで動かしたせいか、手が黒ずんでいる。
シャープペンシルを赤ペンに持ち替え、解答を確認した。
回答の上に大きな赤丸をした。

「あっている…やっと終わった…」

蓄積した疲労が、ため息と一緒にどっと出た。
一息つきたいが、早く帰りたい気持ちが勝った俺は、急いで机上の道具をバッグに詰め、手紙を制服のポケットにしまった。そして、職員室で待つ先生に課題を提出するため、席から立ち上がると、足早に教室の外へと向かった。

教室の外へと足を踏み出した瞬間、俺の足は止まった。
課題への集中が解かれ、不意に自分の状況を俯瞰した俺はこうつぶやいた。

「何しているんだよ、俺」

もの心ついた時からサッカーを始めていた。
全国大会に出ることは俺が追いかけてきた夢だ。
次の大会が、俺達新3年生の最後の大会だ。
キャプテンである俺はチームを引っ張っていかないといけない。
そんな立場にありながら今の俺はどうだ。
周りに心配はかけるわ、サッカーには集中していなわ。
これじゃ、俺について来てくれる皆に示しがつかないだろ…
もう、俺一人だけの夢じゃないんだぞ。

「いい加減、忘れないと」

俺は、ゆっくりと手をポケットに忍ばせると
今までの自分では、ありえない行動をした。
そう、例の手紙を取り出しくしゃくしゃに丸めた。
視線を教室の入り口近くにあるゴミ箱へと向けた。

「楽しかったよ」

そう呟くと、手紙をゴミ箱に投げた。

「これで、よかったんだよ」

俺は教室を背にして、職員室へと向かった。
 
創が教室を出た数分後…
教室には一人の少女がいた。
少女は、ゴミ箱脇に転がっていた、紙切れを見つけるとそれを拾った。
少女は笑ってこう言った。

「こんな面白そうな謎に出会えるなんて、ラッキーだね」
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