【漫画シナリオ】きみの魔法に恋は絡まる
第4話
○場面転換/場所:帰り道
羽花と希一、並んで住宅街の道を歩く。
希一は羽花の手首を掴んだまま。
羽花「希一くん、あの、手……」
呼びかけると、希一はハッとした顔で手を離す。
希一「あっ……ごめん。早くあの場から逃げたくて……痛かった?」
羽花「う、ううん。大丈夫。でも、どうしたの、突然」
希一「どうしたのって……いつまでもお前が店に来ないから、迎えに来たんだよ」
羽花「はい?」
きょとんとする羽花。
希一は深いため息を吐いて続ける。
希一「俺、この前言ったじゃん。週に一回でもいいから、ちょっとだけお前の時間くれって」
羽花「言ったけど……」
希一「ほら」
羽花「でも、あの時、『忘れてくれ』って言ってなかった?」
希一「あー、いや、そのあとの小っ恥ずかしいセリフは忘れろっつったけど……うわ、待って、あのセリフ思い出しちまった! 最悪! なんで思い出させんだよ、も〜!」
羽花「自分で勝手に思い出したくせに……」
先日の自分のセリフを思い出し、恥ずかしそうに身悶えて顔を覆い隠す希一と、呆れ顔の羽花。
→その時、羽花はハッと思い出したような顔をする。
羽花「あっ、そうだ、連絡先!」
希一「……ん?」
羽花「ちょうど、希一くんの連絡先聞いとけばよかったな〜って思ってたの。お礼がしたくて」
希一「お礼? 何の? 俺、なんかした?」
羽花「したよ! わたしね、希一くんの言う通りに髪のケアするようになってから、髪を褒められるようになったんだ」
「だからほんとに感謝してて……何かお礼させて! 甘いのとか好き? おすすめのタルト屋さんがあるんだけど」
ぐいぐい迫る羽花に対し、希一は微妙な表情。
希一「……お菓子とかは、別にいらない」
羽花「でも……」
希一「そんなにお礼がしたいって思うんだったら、こないだの俺のお願い、聞いてよ」
髪に触れられ、羽花はドキッとして息を呑む。
ずいっと希一の顔が羽花に迫る。
希一「時間。ちょっとだけちょうだい」
羽花「……」
希一「だめ?」
端整な顔に迫られ、頬を赤らめる羽花。
どぎまぎしながら、「わ、わかった……」と羽花は頷く。
○場面転換/宮瀬美容室
カランカラン、とベルの音が鳴り、ドアが開く描写。
希一父「いらっしゃいま──っと、客じゃなかった。おかえり、希一」
希一「ただいま」
希一父「お! 羽花ちゃんも一緒? ってことは、ついに〝シャンプーモデル〟の了承もらえたのか! よかったな〜、全然来てくれないって拗ねてたもんなぁ」
希一「うっさい、余計なこと言うな」
へらへらしている父にチョップする希一。
羽花は首を傾げ、「シャンプーモデル……?」とたずねる。
希一父「そうそう。希一は美容師になるために修行してる身なんだけど、まだまだ見習いだからねえ。シャンプーの練習をさせてくれるモデルを探してたんだ」
羽花「え……も、もしかして、希一くん、今からわたしにシャンプーするつもり……?」
希一「うん。言わなかったっけ?」
羽花「き、聞いてないよ!」
希一「そう? ごめんごめん」
適当な感じの希一に、焦った顔の羽花。
→そのうち店の電話が鳴り、父は「はいはいもしもし、宮瀬美容室です〜」と離れる。
羽花(ど、どうしよう……まさかシャンプーだったなんて)
羽花はみるみる青ざめる。
希一はシャンプー台に羽花を座らせ、手櫛で髪を梳く。
希一「大丈夫だよ、金は取らねーから。俺の練習に付き合ってもらうだけ」
羽花「お、お金とかじゃなくて……。濡れる、よね、髪の毛……」
希一「そりゃね」
羽花「濡れたら、髪の毛……」
(クルクルに戻っちゃう……)
羽花は不安げな顔をして青ざめる。少し手が震えている。
頭の中に小学生時代の記憶。
『変な髪型!』
『羽花ちゃんって髪の毛で損してる』
『かわいそう』
『私があんな髪だったら恥ずかしくて学校来れない』
↑小学生時代の友達の幻影が笑いながらバカにしてくるイメージ。
うつむく羽花に対し、希一は短く息を吐き、そっと羽花に目線を合わせる。
希一「前にも言ったけど」
羽花はハッとして顔を上げる。
→羽花は涙目。
目が合った希一は真剣な表情。
希一「お前の髪は、何も変じゃない。俺も、親父も、バカになんてしない」
羽花「……」
希一「大丈夫だから。俺に任せて」
羽花の目じりに浮かんだ涙を、希一が指先で拭う。
羽花はこわばっていた肩の力を少しだけ緩め、「……うん……」と頷く。
→少し離れたところで、電話を手に取る希一父がその様子を微笑ましく見守る。
○場所:シャンプー台
髪の毛を洗ってもらう羽花。
→シャワーでトリートメント流しているようなシーン。
希一「お湯加減、大丈夫ですか」
羽花「……は、はい……」
希一「気持ち悪いところないですか」
羽花「ないです……」
お店っぽいやり取りをしながら、しばらくしてシャンプー終了。
タオルでぐるっと頭を巻かれて、リクライニングチェアの背がまっすぐに戻る。
希一「はい、お疲れ様でした」
羽花「お、お疲れ様でした」
希一「どうだった? 変な感じしない? 大丈夫?」
羽花「うん、全然……。すごく上手だったよ。希一くん、すごいね」
へらりと笑う羽花だが、まだどこか無理した笑顔。
→不安げに自分の手を握り合わせている。
希一は羽花の手をじっと見下ろし、そっと自分の手のひらを重ねる。
羽花「!」
希一「大丈夫だって。何度も言わせんなよ」
羽花「あ……ご、ごめん……」
希一「あー、いや、謝らせたかったわけじゃなくて……」
希一父「こら、希一。髪乾かして整えるまでが実技訓練だろ。ちゃんと羽花ちゃんをお客様として扱え」
希一「……すいません」
父から叱咤が飛び、希一は『やべ……』みたいな顔して羽花から手を離すと、「お席にご案内します」と羽花をシャンプー台から誘導する。
羽花は青ざめ、希一に小声で謝る。
羽花「ご、ごめん、わたしのせいで……」
希一「いや、今のは俺が悪い。乾かすから、タオル取るよ」
羽花「あ……う、うん……」
(タオル取られたら、髪の毛クルクルになってるの、見られる……)
嫌な汗をかきながらも、弱音を飲み込み、覚悟を決める羽花。
タオルを取られると、やはり髪が少しだけうねっている。
羽花(ううう……見ないでほしい……いやだ……)
鏡を直視できず、羽花はさらに俯いてしまう。
羽花(嫌い)
(見たくない)
(可愛くない……)
自分の髪が恥ずかしく思う。
一方、希一はドライヤーの電源を入れ、羽花の髪を乾かし始める。
→頭を撫でるような手つきの希一。
最初はこわばっていたが、羽花の緊張は少しずつほぐれ、落ち着き始める。
羽花(……変なの。普段は、美容室で髪の毛触られても、何とも思わないのに)
(なんか、希一くんがしてくれてると、恥ずかしいような、嬉しいような……頭を優しく撫でてもらってるみたいに感じる)
恐る恐る、顔をもたげ、目の前の鏡を見る羽花。
→希一と目が合い、ドキッとして、頬が熱くなる。
髪の毛は乾いたことでうねって広がり始めているが、なんだか、先ほどよりも羞恥心や恐怖感がなくなっていた。
→希一はドライヤーを切る。
希一「ほら。やっぱ可愛いじゃん。全然変じゃない」
フッ、と笑った希一がまっすぐに告げる。
目の前の鏡には、少しうねって広がった本当の自分の姿が。
→その一言で、心が軽くなる描写。
羽花「……可愛い? 本当に?」
希一「うん」
羽花「……引かない?」
希一「絶対引かない」
羽花「……ううぅ……」
希一「は、ちょ、泣き……!?」
→羽花はさらに真っ赤になり、心がギュッと締めつけられて、涙が出る。
希一「ご、ごめ、そんなに嫌だった!? ごめん、俺が無理やり……!」
羽花「違う……」
希一「え?」
羽花「……嬉しい……」
涙をぽろぽろ落とし、「ありがとう……」と呟く。
羽花(ああ、わたし、ずっと誰かに言ってほしかったんだ)
(この髪を見て、誰かに認めてほしかったんだ)
(あんなに大嫌いだった、わたし自身を……)
涙ぐみながら、羽花は柔らかく微笑む。
羽花「……希一くんは、ほんとに、魔法使いみたいだね……」
羽花が伝えると、照れたように目を逸らして、首元を掻く希一。
希一「……まあね」
○場面転換/帰り道。夕暮れの情景。
ちゃんとストレートの髪に戻っている羽花。(希一にやってもらった)
夕暮れ時の街を二人で歩く。
羽花「まだ明るいから、送ってくれなくても大丈夫だったのに」
希一「親父が送れってうるせーから」
羽花「なんか、ごめん、気を遣わせちゃって……」
希一「嘘だよ。最初から俺が送ってくつもりだった。無理やり頼んで練習に付き合わせたわけだし……泣かせたし」
羽花「な、泣いたのは本当にごめんなさい……」
何度も謝る羽花。
→時間が経って冷静になり、「なんで泣いたりしたのわたし……」みたいな感じで反省している。
希一「今度からいきなり泣くのやめて、心臓に悪いから。めっちゃ焦る」
羽花「本当に申しわけない……」
希一「……でも、今度から泣きたくなったら、俺のとこ来ていいよ。他のとこで泣かれるよりマシ」
羽花「え……」
希一「うわ、寒っ! 今のなし! 恥ずっ、忘れて!」
両腕に浮かんだ鳥肌をさする希一。
相変わらずの様子に、「あはっ」とつい笑ってしまう羽花。
羽花「希一くんって、意外とかっこつけたがりだよね」
希一「……そういうお年頃なの」
羽花「ふふふっ」
希一「はいはい、どうせかっこつけたくてもかっこつかねーよ、ばーか」
希一は舌を出して悪態をつく。
羽花は笑顔のまま、ちら、と希一の横顔を見る。
→希一も羽花の方を見る。
希一「……んだよ」
羽花「ううん。ちゃんとかっこいいなって確認してただけ」
希一「はっ?」
羽花「わたしね、希一くんが可愛いって言ってくれたの、本当に嬉しかったの。だから、わたしも言おうと思って」
希一「いや、そんなお世辞で言われても」
羽花「お世辞じゃない! 希一くんかっこいいよ! 最初に会った時も『かっこいい人だな』って思ったし、今だって──」
希一「あーもーっ、わかったわかった! ありがとうございます、じゅうぶんです」
希一はふいっと顔を背ける。
→首元を掻いている描写。若干照れた様子。夕日に照らされて耳が赤い。
羽花はへらりと笑い、そしてハッと何かを思い出す。
羽花「あっ、連絡先! 結局聞いてない!」
希一「……ああ、そういえば」
羽花「色々迷惑かけちゃったし、今度またお礼するね! お昼ご飯おごる! 大盛り食べていいよ!」
希一「……いや、だからそういうのいいって……」
羽花「だめ! わたしがしたいの! 連絡先教えて、ちゃんとお礼するから……!」
希一「……まあ、連絡先ぐらいは教えてもいいけど……また西商業まで迎え行くのやだし」
羽花「やったあ!」
嬉しそうに微笑み、メッセージアプリのフレコを交換し合う二人。
→その時、羽花は、希一の手が荒れていることに気付く。(あかぎれみたいな感じ)
羽花「えっ……希一くん、その手、大丈夫? 手荒れしてる……」
希一「ん? ああ、これ? 美容師って薬剤とかシャンプーとかよく触るから、自然とこうなんの」
羽花「わ……すごく痛そう……」
希一「慣れてるから平気。つーかこんなん全然マシだよ、俺なんてまだまだヒヨッコだし」
涼しげに言いつつ、連絡先は無事に交換した二人。
場所はちょうど、長い信号待ちがある横断歩道の前。
赤信号で足を止めている。
→その時、「おや?」と言いながら、誰かがその場にやってくる。
→ジャージでランニングする姿を描写。
??「ややっ、そこにいるのは……」
羽花「……えっ」
来栖「藤村さんじゃないか〜〜! 奇遇だねえ〜〜!」
羽花「ヒッ……!」
「く、来栖先輩!?」
ぶんぶんと手を振りながらやってきたのは、ジャージでランニング中の来栖先輩。
→羽花は青ざめる。
来栖は全力で羽花に駆け寄り、がっしりと羽花を捕まえて肩を抱く。
→その瞬間、希一がぴくりと眉をひそめる。
来栖「いやあ、まさかこんなところで会うとは! 君も筋トレかい!? 〝肺活量は一日にして成らず〟だものね! 良い心がけだ!」
羽花「違いますし意味わかんないですし、とにかく離れてください! そして絶対にイヤです!!」
来栖「おや、何がイヤだって? まだ何も言ってないじゃないか」
羽花「どうせ今から変なことに誘う気でしょ!? あなたの考えてることなんてお見通しなんですからね!」
来栖「ハッハ〜、ご名答! これも何かの縁だ! さあ、これからあの夕日へ向かって共に走り出そうじゃないか! さあさあ!」
羽花「んも〜っ、イヤですってば! 離れてください、暑苦しい!!」
来栖「照れるな照れるな〜」
にこやかに迫ってくる来栖に抗っていると、ふと、来栖の視線は羽花の髪へ。
→来栖が髪に手を伸ばす。
来栖「おや? 藤村さん、なんだか今日は一段と髪の毛が──」
綺麗だね、と言いさした来栖が羽花の髪を掬い上げようとした、その時。
突然希一が彼女の腕を掴んで阻む。
→ガッ!みたいな感じの強めの効果音で。
来栖は驚いて硬直。羽花も息を呑む。
来栖の腕を掴む希一は、黙ったまま、来栖を睨みつけている。
来栖「……おや」
希一「……」
来栖「……ふふっ。すまない、どうやらお邪魔したようだ」
来栖は楽しげに微笑み、ぱっと羽花から離れる。
希一も何か言いたげにしつつ、来栖からそっと手を離す。
来栖「仕方がない。今日のところは、一人で夕日を追いかけることにしよう。それじゃ、また明日ね、藤村さん」
羽花「……何言ってんですか、明日は会いたくないです」
来栖「照れるな照れるな〜、ハッハ〜!」
華麗に駆け出し、「アデュー!」と言い残して夕日に向かって走り去っていく先輩。
嵐のような人だった……とげっそりしながら、羽花は不機嫌そうな顔をした希一を見上げる。
羽花「お、お騒がせしてごめんね、希一くん……あの人、ちょっと変わった人だけど、良い人だから……」
希一「……あれ、同じ学校の人?」
羽花「あ、うん。二年生の来栖先輩。中学の頃からお世話になってるんだけど、まあ、見ての通りちょっと距離感が近い人で……あはは」
希一「ふーん……」
希一はうつむきがちに、首を掻きながら呟く。
希一「……アイツ、モテそうな顔してたな」
羽花「え? ああ、そうだねえ。来栖先輩、みんなに〝王子様〟って呼ばれてるぐらいだから。すごくかっこいいよ」
何の気なしに答え、へにゃりと笑う羽花。
→希一は黙って視線を落とす。
希一「……あっちは、〝すごく〟なわけね」
羽花「え? 何?」
希一「いや、別に。……それじゃ」
信号が青になり、希一は羽花に背を向ける。
離れていく猫背がちな背中を見つめ、少し寂しく思いながら、羽花も横断歩道を渡った。
〈第4話/終わり〉
羽花と希一、並んで住宅街の道を歩く。
希一は羽花の手首を掴んだまま。
羽花「希一くん、あの、手……」
呼びかけると、希一はハッとした顔で手を離す。
希一「あっ……ごめん。早くあの場から逃げたくて……痛かった?」
羽花「う、ううん。大丈夫。でも、どうしたの、突然」
希一「どうしたのって……いつまでもお前が店に来ないから、迎えに来たんだよ」
羽花「はい?」
きょとんとする羽花。
希一は深いため息を吐いて続ける。
希一「俺、この前言ったじゃん。週に一回でもいいから、ちょっとだけお前の時間くれって」
羽花「言ったけど……」
希一「ほら」
羽花「でも、あの時、『忘れてくれ』って言ってなかった?」
希一「あー、いや、そのあとの小っ恥ずかしいセリフは忘れろっつったけど……うわ、待って、あのセリフ思い出しちまった! 最悪! なんで思い出させんだよ、も〜!」
羽花「自分で勝手に思い出したくせに……」
先日の自分のセリフを思い出し、恥ずかしそうに身悶えて顔を覆い隠す希一と、呆れ顔の羽花。
→その時、羽花はハッと思い出したような顔をする。
羽花「あっ、そうだ、連絡先!」
希一「……ん?」
羽花「ちょうど、希一くんの連絡先聞いとけばよかったな〜って思ってたの。お礼がしたくて」
希一「お礼? 何の? 俺、なんかした?」
羽花「したよ! わたしね、希一くんの言う通りに髪のケアするようになってから、髪を褒められるようになったんだ」
「だからほんとに感謝してて……何かお礼させて! 甘いのとか好き? おすすめのタルト屋さんがあるんだけど」
ぐいぐい迫る羽花に対し、希一は微妙な表情。
希一「……お菓子とかは、別にいらない」
羽花「でも……」
希一「そんなにお礼がしたいって思うんだったら、こないだの俺のお願い、聞いてよ」
髪に触れられ、羽花はドキッとして息を呑む。
ずいっと希一の顔が羽花に迫る。
希一「時間。ちょっとだけちょうだい」
羽花「……」
希一「だめ?」
端整な顔に迫られ、頬を赤らめる羽花。
どぎまぎしながら、「わ、わかった……」と羽花は頷く。
○場面転換/宮瀬美容室
カランカラン、とベルの音が鳴り、ドアが開く描写。
希一父「いらっしゃいま──っと、客じゃなかった。おかえり、希一」
希一「ただいま」
希一父「お! 羽花ちゃんも一緒? ってことは、ついに〝シャンプーモデル〟の了承もらえたのか! よかったな〜、全然来てくれないって拗ねてたもんなぁ」
希一「うっさい、余計なこと言うな」
へらへらしている父にチョップする希一。
羽花は首を傾げ、「シャンプーモデル……?」とたずねる。
希一父「そうそう。希一は美容師になるために修行してる身なんだけど、まだまだ見習いだからねえ。シャンプーの練習をさせてくれるモデルを探してたんだ」
羽花「え……も、もしかして、希一くん、今からわたしにシャンプーするつもり……?」
希一「うん。言わなかったっけ?」
羽花「き、聞いてないよ!」
希一「そう? ごめんごめん」
適当な感じの希一に、焦った顔の羽花。
→そのうち店の電話が鳴り、父は「はいはいもしもし、宮瀬美容室です〜」と離れる。
羽花(ど、どうしよう……まさかシャンプーだったなんて)
羽花はみるみる青ざめる。
希一はシャンプー台に羽花を座らせ、手櫛で髪を梳く。
希一「大丈夫だよ、金は取らねーから。俺の練習に付き合ってもらうだけ」
羽花「お、お金とかじゃなくて……。濡れる、よね、髪の毛……」
希一「そりゃね」
羽花「濡れたら、髪の毛……」
(クルクルに戻っちゃう……)
羽花は不安げな顔をして青ざめる。少し手が震えている。
頭の中に小学生時代の記憶。
『変な髪型!』
『羽花ちゃんって髪の毛で損してる』
『かわいそう』
『私があんな髪だったら恥ずかしくて学校来れない』
↑小学生時代の友達の幻影が笑いながらバカにしてくるイメージ。
うつむく羽花に対し、希一は短く息を吐き、そっと羽花に目線を合わせる。
希一「前にも言ったけど」
羽花はハッとして顔を上げる。
→羽花は涙目。
目が合った希一は真剣な表情。
希一「お前の髪は、何も変じゃない。俺も、親父も、バカになんてしない」
羽花「……」
希一「大丈夫だから。俺に任せて」
羽花の目じりに浮かんだ涙を、希一が指先で拭う。
羽花はこわばっていた肩の力を少しだけ緩め、「……うん……」と頷く。
→少し離れたところで、電話を手に取る希一父がその様子を微笑ましく見守る。
○場所:シャンプー台
髪の毛を洗ってもらう羽花。
→シャワーでトリートメント流しているようなシーン。
希一「お湯加減、大丈夫ですか」
羽花「……は、はい……」
希一「気持ち悪いところないですか」
羽花「ないです……」
お店っぽいやり取りをしながら、しばらくしてシャンプー終了。
タオルでぐるっと頭を巻かれて、リクライニングチェアの背がまっすぐに戻る。
希一「はい、お疲れ様でした」
羽花「お、お疲れ様でした」
希一「どうだった? 変な感じしない? 大丈夫?」
羽花「うん、全然……。すごく上手だったよ。希一くん、すごいね」
へらりと笑う羽花だが、まだどこか無理した笑顔。
→不安げに自分の手を握り合わせている。
希一は羽花の手をじっと見下ろし、そっと自分の手のひらを重ねる。
羽花「!」
希一「大丈夫だって。何度も言わせんなよ」
羽花「あ……ご、ごめん……」
希一「あー、いや、謝らせたかったわけじゃなくて……」
希一父「こら、希一。髪乾かして整えるまでが実技訓練だろ。ちゃんと羽花ちゃんをお客様として扱え」
希一「……すいません」
父から叱咤が飛び、希一は『やべ……』みたいな顔して羽花から手を離すと、「お席にご案内します」と羽花をシャンプー台から誘導する。
羽花は青ざめ、希一に小声で謝る。
羽花「ご、ごめん、わたしのせいで……」
希一「いや、今のは俺が悪い。乾かすから、タオル取るよ」
羽花「あ……う、うん……」
(タオル取られたら、髪の毛クルクルになってるの、見られる……)
嫌な汗をかきながらも、弱音を飲み込み、覚悟を決める羽花。
タオルを取られると、やはり髪が少しだけうねっている。
羽花(ううう……見ないでほしい……いやだ……)
鏡を直視できず、羽花はさらに俯いてしまう。
羽花(嫌い)
(見たくない)
(可愛くない……)
自分の髪が恥ずかしく思う。
一方、希一はドライヤーの電源を入れ、羽花の髪を乾かし始める。
→頭を撫でるような手つきの希一。
最初はこわばっていたが、羽花の緊張は少しずつほぐれ、落ち着き始める。
羽花(……変なの。普段は、美容室で髪の毛触られても、何とも思わないのに)
(なんか、希一くんがしてくれてると、恥ずかしいような、嬉しいような……頭を優しく撫でてもらってるみたいに感じる)
恐る恐る、顔をもたげ、目の前の鏡を見る羽花。
→希一と目が合い、ドキッとして、頬が熱くなる。
髪の毛は乾いたことでうねって広がり始めているが、なんだか、先ほどよりも羞恥心や恐怖感がなくなっていた。
→希一はドライヤーを切る。
希一「ほら。やっぱ可愛いじゃん。全然変じゃない」
フッ、と笑った希一がまっすぐに告げる。
目の前の鏡には、少しうねって広がった本当の自分の姿が。
→その一言で、心が軽くなる描写。
羽花「……可愛い? 本当に?」
希一「うん」
羽花「……引かない?」
希一「絶対引かない」
羽花「……ううぅ……」
希一「は、ちょ、泣き……!?」
→羽花はさらに真っ赤になり、心がギュッと締めつけられて、涙が出る。
希一「ご、ごめ、そんなに嫌だった!? ごめん、俺が無理やり……!」
羽花「違う……」
希一「え?」
羽花「……嬉しい……」
涙をぽろぽろ落とし、「ありがとう……」と呟く。
羽花(ああ、わたし、ずっと誰かに言ってほしかったんだ)
(この髪を見て、誰かに認めてほしかったんだ)
(あんなに大嫌いだった、わたし自身を……)
涙ぐみながら、羽花は柔らかく微笑む。
羽花「……希一くんは、ほんとに、魔法使いみたいだね……」
羽花が伝えると、照れたように目を逸らして、首元を掻く希一。
希一「……まあね」
○場面転換/帰り道。夕暮れの情景。
ちゃんとストレートの髪に戻っている羽花。(希一にやってもらった)
夕暮れ時の街を二人で歩く。
羽花「まだ明るいから、送ってくれなくても大丈夫だったのに」
希一「親父が送れってうるせーから」
羽花「なんか、ごめん、気を遣わせちゃって……」
希一「嘘だよ。最初から俺が送ってくつもりだった。無理やり頼んで練習に付き合わせたわけだし……泣かせたし」
羽花「な、泣いたのは本当にごめんなさい……」
何度も謝る羽花。
→時間が経って冷静になり、「なんで泣いたりしたのわたし……」みたいな感じで反省している。
希一「今度からいきなり泣くのやめて、心臓に悪いから。めっちゃ焦る」
羽花「本当に申しわけない……」
希一「……でも、今度から泣きたくなったら、俺のとこ来ていいよ。他のとこで泣かれるよりマシ」
羽花「え……」
希一「うわ、寒っ! 今のなし! 恥ずっ、忘れて!」
両腕に浮かんだ鳥肌をさする希一。
相変わらずの様子に、「あはっ」とつい笑ってしまう羽花。
羽花「希一くんって、意外とかっこつけたがりだよね」
希一「……そういうお年頃なの」
羽花「ふふふっ」
希一「はいはい、どうせかっこつけたくてもかっこつかねーよ、ばーか」
希一は舌を出して悪態をつく。
羽花は笑顔のまま、ちら、と希一の横顔を見る。
→希一も羽花の方を見る。
希一「……んだよ」
羽花「ううん。ちゃんとかっこいいなって確認してただけ」
希一「はっ?」
羽花「わたしね、希一くんが可愛いって言ってくれたの、本当に嬉しかったの。だから、わたしも言おうと思って」
希一「いや、そんなお世辞で言われても」
羽花「お世辞じゃない! 希一くんかっこいいよ! 最初に会った時も『かっこいい人だな』って思ったし、今だって──」
希一「あーもーっ、わかったわかった! ありがとうございます、じゅうぶんです」
希一はふいっと顔を背ける。
→首元を掻いている描写。若干照れた様子。夕日に照らされて耳が赤い。
羽花はへらりと笑い、そしてハッと何かを思い出す。
羽花「あっ、連絡先! 結局聞いてない!」
希一「……ああ、そういえば」
羽花「色々迷惑かけちゃったし、今度またお礼するね! お昼ご飯おごる! 大盛り食べていいよ!」
希一「……いや、だからそういうのいいって……」
羽花「だめ! わたしがしたいの! 連絡先教えて、ちゃんとお礼するから……!」
希一「……まあ、連絡先ぐらいは教えてもいいけど……また西商業まで迎え行くのやだし」
羽花「やったあ!」
嬉しそうに微笑み、メッセージアプリのフレコを交換し合う二人。
→その時、羽花は、希一の手が荒れていることに気付く。(あかぎれみたいな感じ)
羽花「えっ……希一くん、その手、大丈夫? 手荒れしてる……」
希一「ん? ああ、これ? 美容師って薬剤とかシャンプーとかよく触るから、自然とこうなんの」
羽花「わ……すごく痛そう……」
希一「慣れてるから平気。つーかこんなん全然マシだよ、俺なんてまだまだヒヨッコだし」
涼しげに言いつつ、連絡先は無事に交換した二人。
場所はちょうど、長い信号待ちがある横断歩道の前。
赤信号で足を止めている。
→その時、「おや?」と言いながら、誰かがその場にやってくる。
→ジャージでランニングする姿を描写。
??「ややっ、そこにいるのは……」
羽花「……えっ」
来栖「藤村さんじゃないか〜〜! 奇遇だねえ〜〜!」
羽花「ヒッ……!」
「く、来栖先輩!?」
ぶんぶんと手を振りながらやってきたのは、ジャージでランニング中の来栖先輩。
→羽花は青ざめる。
来栖は全力で羽花に駆け寄り、がっしりと羽花を捕まえて肩を抱く。
→その瞬間、希一がぴくりと眉をひそめる。
来栖「いやあ、まさかこんなところで会うとは! 君も筋トレかい!? 〝肺活量は一日にして成らず〟だものね! 良い心がけだ!」
羽花「違いますし意味わかんないですし、とにかく離れてください! そして絶対にイヤです!!」
来栖「おや、何がイヤだって? まだ何も言ってないじゃないか」
羽花「どうせ今から変なことに誘う気でしょ!? あなたの考えてることなんてお見通しなんですからね!」
来栖「ハッハ〜、ご名答! これも何かの縁だ! さあ、これからあの夕日へ向かって共に走り出そうじゃないか! さあさあ!」
羽花「んも〜っ、イヤですってば! 離れてください、暑苦しい!!」
来栖「照れるな照れるな〜」
にこやかに迫ってくる来栖に抗っていると、ふと、来栖の視線は羽花の髪へ。
→来栖が髪に手を伸ばす。
来栖「おや? 藤村さん、なんだか今日は一段と髪の毛が──」
綺麗だね、と言いさした来栖が羽花の髪を掬い上げようとした、その時。
突然希一が彼女の腕を掴んで阻む。
→ガッ!みたいな感じの強めの効果音で。
来栖は驚いて硬直。羽花も息を呑む。
来栖の腕を掴む希一は、黙ったまま、来栖を睨みつけている。
来栖「……おや」
希一「……」
来栖「……ふふっ。すまない、どうやらお邪魔したようだ」
来栖は楽しげに微笑み、ぱっと羽花から離れる。
希一も何か言いたげにしつつ、来栖からそっと手を離す。
来栖「仕方がない。今日のところは、一人で夕日を追いかけることにしよう。それじゃ、また明日ね、藤村さん」
羽花「……何言ってんですか、明日は会いたくないです」
来栖「照れるな照れるな〜、ハッハ〜!」
華麗に駆け出し、「アデュー!」と言い残して夕日に向かって走り去っていく先輩。
嵐のような人だった……とげっそりしながら、羽花は不機嫌そうな顔をした希一を見上げる。
羽花「お、お騒がせしてごめんね、希一くん……あの人、ちょっと変わった人だけど、良い人だから……」
希一「……あれ、同じ学校の人?」
羽花「あ、うん。二年生の来栖先輩。中学の頃からお世話になってるんだけど、まあ、見ての通りちょっと距離感が近い人で……あはは」
希一「ふーん……」
希一はうつむきがちに、首を掻きながら呟く。
希一「……アイツ、モテそうな顔してたな」
羽花「え? ああ、そうだねえ。来栖先輩、みんなに〝王子様〟って呼ばれてるぐらいだから。すごくかっこいいよ」
何の気なしに答え、へにゃりと笑う羽花。
→希一は黙って視線を落とす。
希一「……あっちは、〝すごく〟なわけね」
羽花「え? 何?」
希一「いや、別に。……それじゃ」
信号が青になり、希一は羽花に背を向ける。
離れていく猫背がちな背中を見つめ、少し寂しく思いながら、羽花も横断歩道を渡った。
〈第4話/終わり〉