秋の発表会

発表会

「新しい劇が決まりました。海洋冒険ものです。皆は青いビニールを背でひらひらさせて海を表します」宇宙をやった時と同じだね
「海から大きな船が現れます」
「美桜先生。それデイサービスでやったよ」
「えー。やってませんよ」
「みんな青いビニール背負ってひらひらしたよ」
「あれは宇宙でしょ。これは海です」
 おんなじだよ。やだよー。やだよーの大合唱が沸き起こった。
 宇宙が出来て、太陽が出来て、地球が出来て団子3兄弟だったよ。同じだよー。
 やや一致する所があり、美桜はたじろいだ。
「同じじゃありませんよ。船が出てくるところだけですよ」
「きっと大きな鳥か空飛ぶ船か海賊船が出てくるんだよ。団子3兄弟だよ」
「似てるだけど、団子3兄弟じゃありませんよ」
 やっぱりおんなじだー、やだよー。
 団子3兄弟と言われ美桜先生は傷ついた。内容は違うのに。でも園児たちが沸騰して反対しているのを見て、そう。じゃもう一度考えるね、と引き下がった。
 園児たちは、おうたがいいー、おどりでいいよー、と念を押した。
「どう? 決まったー」ひな子がのんびり聞いた。
 愛菜が、任せてください、とあしらった。
 どうするの? 美桜が決めたものを教えればいいんだよ。そうかあ、翔君って頭良いね。じゃ劇だっておなじだよ。そうだけど。翔君って頭悪いんだね。
美桜先生が、
「やはりあなた方は歌が一番です。だからお歌で行きましょう」はーい
 園児たちは一安心した。
「でも踊りもいれますよ」はーい
「希望はありますか」かごめかごめ
「かごめかごめって。先生を愚弄するのですか。国立桃海幼稚園美桜芸術団ですよ」ぐろうって
「当然、新しい出し物です」
 論理の芽生え始めた何人かは、じゃ聞かなければいいのに、と思った。
 やがて、お歌と踊りが決まった。
「お歌は5曲しかできません。踊りと合わせて30分ですよ」はーい
 踊りは立ったり座ったりシーソーみたいな踊りと、仰向けで足をばたばたする踊りと、頭を手でポンポンして伸びたり縮んだりする踊りと、四つん這いでお尻を上げる踊りだった。踊りを曲の間に入れる。難しい踊りは無く園児は安心した。安心して恥ずかしすぎる所までは考えられなかった。
 日奈子に披露すると、あなた達これをするの? と言われた。
 発表会当日。各クラスの演技が進んでいく。父兄、じゃない父母・爺婆は晴れやかに我が子・孫の晴れ舞台を応援している。にこやかで暖かな風がそよそよふーふー吹いている。発表の合間ではお互いの子を褒め、我が子を自慢する、ささやかな競争があった。みな鷹揚でふんふん、そうですね、そうですとも、と受け入れている、そんな自分に酔っていた。校長先生も、どうです、とふんぞり返り、椅子も2本足でバランスして、すごいでしょ と言いたげ。
 いよいよ番が回ってきた。舞台の袖から中央に進み出てお辞儀をし、指揮の美桜を待った。父母・爺婆は身を乗り出す。カメラも回った。あれ! 始まらない。指揮者が出てこない。園児は全員袖を向いている。会場がざわついた。
 あー! あー! 園児たちがパニックを起こした。隣を突いたり、ひっぱったり、慌てている。
 袖には、なんと日奈子がもじもじしていた。
 どうすんの? どうすんの? どうしよう どうしよう。
 会場も何があった? とざわざわゆらゆらした。
 パニックの園児の中から愛菜が袖に走った。翔君が続く。ひなこー。日奈子は逃げた。なんでー。追いかける愛菜と翔。日奈子は速い。走り、走り、消えた。どうする? 愛菜は翔君に聞いた。どうしよう。すると先からなんと美桜が現れた。なにしてんの、始まるわよ。始まってるよ。うそー。
 仕切り直しで、園児はお辞儀をして美桜を見つめた。指揮棒がさっと振られた。会場はピタッと静まる。少年合唱団じゃないからね、少年少女合唱団だよ、美桜は思った。
 歌声がヒロロローと会場を覆う。最初の和音で空気はゆらっしゅっと合唱団を出現させた。会場の全てのまなこに園児が映っている。これらの複眼を持つ主はどんな映像を見ているのだろう。父母・爺婆は胸に手を当て、口に手を当て止まっている。流れる歌声は魂だけを宙に誘う。肉体は兵馬俑の如く突っ立つ。指揮棒が下げられた。さあ踊りだ。会場が余韻に包まれている間に園児たちは大急ぎで踊った。10倍速になればいいのに! 父母・爺婆は幕間のように息を吸った。
 園児達は日奈子を思った。可哀そう、どこに行っちゃったのだろう。日奈子もどこかで聞いていると思った。最後の歌を日奈子に届けと喉を天に向け歌った。
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