棋士推しのあの子

1.きっかけ

 竜宮(りゅうぐう)(かおり)さんはすごく可愛い。将棋と同様、可愛さにも段違いというものがあるのだなと彼女を見て思った。

 アイドル顔負けのその顔で微笑まれたら誰もが彼女の虜になる。性格もいい。誰のことも褒めるし悪口も言わない。よく笑い、思いやりもあり、女子からも好かれている。たぶん……あんなに可愛いのに自分から男子と会話をあまりしないからだろう。過去にトラブルでもあったのかもしれない。

 断られるのが分かっていて告白する男もあとを絶たない。ものすごく優しく振ってくれるらしく、それからは廊下をすれ違う時に挨拶してくれるようになるからだ。認識してもらえるだけで嬉しいと。

「彼氏とかつくればいいのに。すぐできるっしょ」
「えー、いいよ。私の推しは決まってるんだから。他は目に入らないの!」

 僕の隣で、「〇〇七段と△△八段と〜」なんて友達と話している。知っている棋士ばかりだ。目標にしている棋士の名前もある。

 彼女はかなりのプロ棋士ファンだ。バッグにはプロ棋士のイラストピンバッチがついているし、将棋の駒のキーホルダーもものすごい数がぶら下がっている。文房具類も将棋モチーフのものが多い。それだけでなくプロ棋士のアクリルスタンドや扇子もこっそりと持ってきて自慢していた。

「それなら、やっぱり角谷くんしかいないね」
「もー、そんなの角谷くんに迷惑だよ」

 突然僕の名前があがったので、隣に目をやる。こんなチャンスが来るといいなと待っていた。

 僕の名前は角谷(かくたに)桂悟(けいご)。プロ棋士を目指している。今は高校二年生の二学期だ。本当は今期で決めたかったけれど――、無理だった。だから、両親との約束で大学は受けなければならない。

 自由になる時間の全てを将棋に費やしたいのに。

 でも――僕だって男。竜宮さんとは話してみたかった。彼女はプロ棋士ファンだというのに、僕と同じクラスになっても話しかけようとはしてこなかった。勘違いされるのが嫌なのだろう。

 だから、僕は世間話をするような顔をして切り出す。

「〇〇七段なら何度も会ってるし記録もとったことあるよ。学校があるから多いわけじゃないけど」
「え!」
「プロでもない僕にもすごく優しくてさ」
「ごめん……詳しく知りたい」

 話しかけたいのにやっぱり我慢していたんだな。僕に……好かれると困るから。

「実はこれ、渡したいと思ってたの」

 そっとSNSのQRコードが印刷された小さな紙を渡された。ずっと前から準備していたのだろう。紙はかなりよれている。

「ごめん、いろいろ聞いてもいい?」

 周りの女子は温かい目をしている。男子は羨ましそうだ。でも敵意は感じない。

 彼女の言う「ごめん」は「あなたに興味はないけどプロ棋士のことは気になるの」という意味だと皆、分かっているからだろう。

「いいよ。でも外に出したらまずいことは言わないよ」
「十分! ありがとう!」
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