棋士推しのあの子
2.敗北と勝利
それから、僕たちは少しだけ仲よくなった。高校ではいつも通り。ただスマホでメッセージを送り合うだけの関係だ。思ったよりも彼女は先輩棋士について深く聞いてこなかった。好きな飲み物や勝負メシのこと、苦手な食べ物を聞く時なんかは「答えなくてもいいから!」とすごく申し訳なさそうにしていた。
僕だけが下心をもっていた。そうして――三月になった。
『次の対局は一日に二回あるんだけど、二つ勝てば確実にプロ棋士になれるんだ。そうしたら、一緒にお祝いしてほしい。昼メシだけでも一緒に食べたい』
『いいよ! 応援してるね』
――勝利は目前だった。勝てるはずだったんだ。
一局目は完敗だった。こちらの研究負けだ。それでも四段に上がる目は残されていた。競っていたライバルも負けたからだ。二局目、あと一勝でプロ棋士になれるはずだった。そうして最後のあの瞬間――、
僕は勝ち筋を見つけられなかった。
勝ちがあることは感覚として分かったのに、その手が見えなかった。対局を終えて将棋会館を出たあとに、ボロボロに泣いた。
勝ちそうになって手が震えた。プロになれるかもしれない、竜宮さんとも……と。よけいな意識が邪魔をした。あと十秒、いや五秒あれば勝ち筋を見つけられたかもしれないのに……。
僕の覚悟が足りなかった。勝利が近づいて雑念がよぎった。
だから、僕は彼女にメッセージを送った。
『しばらくやり取りはできない』
ただ、それだけを。
彼女からは三日後に返事がきた。
『その日を待ってる』
彼女の存在は対局中、僕の頭に雑念を芽生えさせたのかもしれない。でも、またゼロから頑張ろうとすぐに前を向けたのも彼女のそのメッセージのお陰だったんだ。
――そうして勝ち星を積み上げ、高校三年生の十月一日、僕はプロ棋士になった。
約束していたとおり、ハンバーグのチェーン店で一緒にステーキを食べて祝ってもらえることになった。本当はもっと高級な店で「奢るよ」とか言いたかったけど、逆に「奢ってあげるからね」なんて言われてメッセージで何度も「僕が」「私が」と押し問答をした結果、ワリカンになってしまった。
次があるなら絶対に、スマートに僕が払いたい。稼げる立場なんだからね。
「四段昇段、おめでとう!」
「ありがとう。夢みたいだよ」
お水でカンと乾杯をする。
「昇段パーティもあるんだよね」
「もう少し先だけどね。二月だ」
なんてことのない会話をしながらも、ずっとドキドキしっぱなしだ。彼女の軽やかな声も輝く笑顔も僕だけに向けられたもので――、まるで天国にいるようだ。
僕だけが下心をもっていた。そうして――三月になった。
『次の対局は一日に二回あるんだけど、二つ勝てば確実にプロ棋士になれるんだ。そうしたら、一緒にお祝いしてほしい。昼メシだけでも一緒に食べたい』
『いいよ! 応援してるね』
――勝利は目前だった。勝てるはずだったんだ。
一局目は完敗だった。こちらの研究負けだ。それでも四段に上がる目は残されていた。競っていたライバルも負けたからだ。二局目、あと一勝でプロ棋士になれるはずだった。そうして最後のあの瞬間――、
僕は勝ち筋を見つけられなかった。
勝ちがあることは感覚として分かったのに、その手が見えなかった。対局を終えて将棋会館を出たあとに、ボロボロに泣いた。
勝ちそうになって手が震えた。プロになれるかもしれない、竜宮さんとも……と。よけいな意識が邪魔をした。あと十秒、いや五秒あれば勝ち筋を見つけられたかもしれないのに……。
僕の覚悟が足りなかった。勝利が近づいて雑念がよぎった。
だから、僕は彼女にメッセージを送った。
『しばらくやり取りはできない』
ただ、それだけを。
彼女からは三日後に返事がきた。
『その日を待ってる』
彼女の存在は対局中、僕の頭に雑念を芽生えさせたのかもしれない。でも、またゼロから頑張ろうとすぐに前を向けたのも彼女のそのメッセージのお陰だったんだ。
――そうして勝ち星を積み上げ、高校三年生の十月一日、僕はプロ棋士になった。
約束していたとおり、ハンバーグのチェーン店で一緒にステーキを食べて祝ってもらえることになった。本当はもっと高級な店で「奢るよ」とか言いたかったけど、逆に「奢ってあげるからね」なんて言われてメッセージで何度も「僕が」「私が」と押し問答をした結果、ワリカンになってしまった。
次があるなら絶対に、スマートに僕が払いたい。稼げる立場なんだからね。
「四段昇段、おめでとう!」
「ありがとう。夢みたいだよ」
お水でカンと乾杯をする。
「昇段パーティもあるんだよね」
「もう少し先だけどね。二月だ」
なんてことのない会話をしながらも、ずっとドキドキしっぱなしだ。彼女の軽やかな声も輝く笑顔も僕だけに向けられたもので――、まるで天国にいるようだ。