棋士推しのあの子

3.お祝い

「ほんとにすごいと思う。もうずっとあの日は速報サイトを更新し続けていて、勝ったの見たら泣いちゃって。私、これからずっと角谷くんのファンだから!」

 すごく嬉しい言葉なのに、ファンという単語に僕との線引きを感じて悲しくなった。

 僕はもうプロ棋士だ。まだデビュー戦までに期間はあるけど、前よりもはるかに男として自信をもっている。もう自分で稼ぐ手段があるというのは大きい。ふられても、僕って結構すごいんだぞと思える。将棋に影響しないくらいの落ち込みで済みそうだと……たぶん。

 だから、少しだけ勇気を出した。

「僕は前から竜宮さんのファンだけどね」
「え?」
「可愛いからさ。今日誘うのも、勇気を出したんだ」

 なんでもない様子を装いながらも、心臓がバクバクして彼女の返答が怖くて仕方ない。

「……お祝いに行こうって誘ったの、私だよ」
「最初にお祝いしてって頼んだのは、僕だ。すごく緊張したよ」
「それはだいぶ前だし。私、忙しいだろうなって。迷惑だろうなと思いながら一緒にお祝いしたくて、私の方こそすっごく勇気を出したんだから」
「え? そうだったんだ」

 少しだけ頬を紅潮させて僕を睨む彼女はすごく可愛くて、違う世界に飛んでしまったようなふわふわした気分になった。

「た、確かに竜宮さんってすごく気を遣ってくれるよね。負けたあとは僕からメッセージを出すまで何も言わないでくれるし。そーゆーの、すごくありがたくてさ」
「頑張ってるの知ってるから邪魔になりたくないし。それなのにいろんなこと聞いちゃってごめん。角谷くんなら許してくれるかなって甘えちゃって」

 他のプロ棋士に関してはあまり深く聞いてこなかった彼女だけど、僕には色々聞いてきた。好きな将棋メシだけでなく一日どれくらい研究しているのとか好きなアイドルはいるのかとか行ってみたい観光地はどこかとか……単にプロ棋士予備軍として興味があるだけだと思っていた。

 ……いや、思い込もうとしただな。がっかりするのは辛い。僕と仲よくなることで、いつか他の棋士を紹介してもらえると期待もしているのだろうなと。

 この時もそんな考えが頭をよぎって。だから、ついこう言ってしまった。
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