甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

2-9 聖女は陽だまりに誘われる



 ロズから逃げるように入った黒い扉の部屋には、ノワルが穏やかな寝息を立てていた。

(ロズの代わりに起こしに来ただけだもん……)

 そっとベッドに近づき、ノワルの顔を覗き込む。
 優しい黒い瞳を閉じていて、ぐっすりと眠っている、その顔に釘付けになってしまう。
 普段の端正な凛々しい雰囲気がなくて、安心したようにすやすやと眠る顔はどこか幼く見えてしまう。

(ノワルが何だか可愛いかも……)

 いつまでも見ていたくなるノワルの顔に魅入って見つめてしまう。

「んん……花恋、さま?」

 ノワルが身じろぎする。そして、その腕がゆっくりと私の手首を捕まえる。

「花恋さま……」

 瞼を閉じたままのノワルは寝ぼけているみたい。
 いつものしっかりしたノワルと違う可愛らしさに胸のときめきが降りつもる。
 顔にかかる黒髪をそっと手で避ける。くすぐったいのか一瞬頬を緩めたノワルに愛おしさが溢れてしまう。

「ノワル……好き……」

 小さく溢れた言葉は静かな部屋に吸い込まれ、ノワルに惹き寄せられるように、軽く唇が触れた。
 小指が愛おしいようなピンク色に煌めいている。

 突然、止まっていたノワルの親指の腹が、ゆっくりとした動きで私の手首を撫でる。驚いて手首を引き抜こうと思うのに、指の腹がすりすりと手首を緩くさすり始めると力が抜けてしまう。

「ひゃあ! ノ、ノワル……っ! 起きて! 朝だよっ!」

 手首を掴まれていない手でノワルの胸をゆさゆさ揺する。
 その間もノワルの親指の動きは止まらなくて、まるで舌で舐められているみたいに熱くて、恥ずかしすぎて顔の熱でお湯が沸かせそうだ。

「んんっ?」

 ノワルが身じろぎすると、瞼がゆっくりと開いていき、ほっと安堵の息を吐いた途端。
 私の指先にキスを落とし、ペロリと舐めた。

「ふわああっ! ノ、ノワル! な、ななめちゃ、やあっ!」
「うん、おはよう。花恋様は朝からかわいいね」

 ノワルが甘い微笑みを浮かべている。
 もう一度、手首を引き抜こうとすると、手を握る力を込められて動けない。困ったようにノワルを見ると、にこりと笑う。

「明日も同じように(・・・・・)起こしてくれる?」

 まるで私がキスをしたことを知っているみたいな言い方をするノワルに鼓動はおかしいくらいに早くなる。
 返事が出来ずに困った顔をしていると、止まっていた親指の腹がゆるゆると動き出した。

「ひゃあっ!」
「それとも夜這いのつもりだった?」
「ちちち、ちがうよ! もう夜じゃないもん! 朝だからロズの代わりに起こしに来たのっ」
「そうなの?」
「そうなのっ!」
「それなら、明日も起こしてくれるよね?」

 にこりと笑うノワルに敵う気がしない。
 赤い顔で、こくんと頷くと優しい黒い瞳が満足そうに目を細める。

「ねえ、花恋様」

 ノワルに甘く名前を呼ばれると、くんっと腕を引き寄せられ、えっ? と思った時にはノワルの胸に倒れ込んでいた。
 驚いて目を瞬かせている内に、ノワルに引き寄せられ、腕の中に包み込まれる。

「もう起きる? それとも一緒に二度寝する?」
「ふえっ?」
「そうだな、花恋様が決めていいよ」

 そう言い終わると、ノワルが頭にキスの雨を降らす。柔らかな感触とぽかぽかした陽だまりの匂いに少しずつ力が抜けていく。
 力が抜けたところで、また手首を親指の腹ですりすり撫で始めたので、んん、と身をよじってノワルを見つめる。

「これ、や……。くすぐったいの……」

 ノワルが目尻にたまった涙を吸い取るようにキスをすると、ゆっくり指を絡めるように繋ぐのに変えてくれる。いわゆる恋人繋ぎに、嬉しいような恥ずかしいような、ふわふわした気持ちになってしまい目を伏せる。
 目を伏せた分、ノワルの手の熱さと大きさをより感じられて、愛おしくて、ぎゅっと握ると頭の上で柔らかく笑う気配がする。

「花恋様、体調はどうかな?」
「おまじないの成果が出てるのかな? 全然疲れてないみたいなんだ」
「ああ、彷徨いの森の菖蒲(しょうぶ)(よもぎ)だったからね」
「うんっ! 沢山採ったから毎日頭に巻いてたら、すっごく頭良くなるかもしれないよね?」

 くすくす笑うノワルに、こんなに疲れに効くのだから頭も良くなるような気がしていたので、むっとして頬を膨らませる。

「いや、俺はね、花恋様はこのままがいいよ」

 このまま、がどういう意味なのかな不思議に思って首を傾げると、ノワルが柔らかく微笑む。

「ふふっ、花恋様はかわいいね」

 ノワルにそっと頭を撫でられ、優しく抱きしめられる。ぽかぽかとした陽だまりの匂いとふわふわした温かな体温に包まれて、ノワルの腕の中に囲われた私はゆっくり瞼を閉じていく。
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