甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする
1-3 聖女と聖獣
トントントン……朝の優しい音に、部屋にふんわり漂う美味しそうな匂い。
薄眼を開けると、カーテンから柔らかな陽射しが差し込み、鳥の囀りが聞こえる。
すごく悪い夢を見ていた気がする……
まだ寝ぼけた頭で、寝返りをしようとすると、腰回りに違和感を感じる。
例えるなら、太い腕が腰に絡みついているような感じ。寝ぼけながら自分の腕を動かして、退かそうと思うと、今度は後頭部に柔らかな感触が何度も当たる。
背中が温かくて、ぽかぽかした春のお日さまの匂いに包まれるみたいで、すごく落ち着く。
もっと春のお日さまの匂いに包まれたくて、寝返りを打ち、温かな場所へ顔をすり寄せると、ぎゅっと抱きしめられる。
ここで、ようやく私の頭が覚醒した。
ぱっと開けた視界に入って来たもの——
「きゃああああっ! な、な、何してるんですか?」
黒髪の美青年が同じベッドの中で、私のおでこに何度もキスをしていて、動揺が走る。
「……おはよう、聖女様」
黒髪の美青年に私の動揺は伝わらないのか、離れようと、ぐいっと力一杯押した筈が、一瞬で覆い被さるような格好になった黒髪の美青年に、両腕を顔の横に置くように囲われて、心臓が跳ね上がる。驚き過ぎて声が上手く出せず、鯉のように口をぱくぱくさせてしまう。
いつの間にか片手で、私の両腕を万歳させた状態でまとめあげられていた。黒髪の美青年の顔がゆっくり近付いて来るけれど、逃げ場がない動揺も心臓の鼓動も最高潮に達した瞬間。
「この変態、黒鯉のぼり! あれほど抜け駆けするなと言いましたのに……っ」
「そうなの! せーじょさまは、みんなのなのー。ひとりじめは、めっ!」
赤髪の美少女と青髪の美少年が、黒髪の美青年をベッドから引きずり下ろして、助けてくれた。
赤髪はふわふわして肩下まであり、長い睫毛に縁どられたぱっちりした大きな赤い瞳、理想的な卵型の輪郭、色白な肌に桃色の頬の完璧な美少女は、執事服でなぜか男装をしている。
背は私と同じくらいだけど、頬が僅かにふっくらしているから少し年下だろうか。
青髪の美少年は、くるくるのショートで、長い睫毛もぷくっとした頬もぱっちりした瞳も、天使みたいな愛らしさ。たっくんと同じ歳くらいの男の子が、執事服を着ているので愛らしさに拍車をかけている。
黒髪の美青年は床に転がり、その背中に赤髪の美少女がどんっと座って伸している。青髪の美少年が、ててっと側に来て、手をきゅっと握ってくれる。
「せーじょ様、だいじょうぶ? ごはんたべる?」
こてんと首を傾けて聞く姿は、天使過ぎて見惚れてしまう。
——ぐうう……
青髪の天使をぽおっと見惚れていたら、色気のないお腹の虫が返事をしてしまった。恥ずかしくて泣きたい。
「せーじょ様って、かわいいね」
青髪の天使がふにゃんと笑うと「はい、どーぞ」と改めて小さな手をぴょんと出してくれたので、手を伸ばすと、きゅっと繋ぎ、ダイニングテーブルまで連れて行ってくれた。
歩きながら見渡すと、どこかの部屋みたいだけど、昨日の異世界のような雰囲気ではなく、日本のどこかの家の一室みたいな場所だ。
悪い夢を見ていたのかと期待したけれど、たっくんの鯉のぼりだと言った三人は執事の格好のまま存在していて……悩んでも分からないなら聞いた方がいいと思うんだ。
「あ、あの……っ!」
お皿を優雅に持って来た赤髪の美少女に話し掛けると、すらりと長い人差し指を私の唇に、ちょんと当てた。
「聖女様、まずは食べて下さい。倒れてから何も召し上がっていません……。説明はその後ゆっくり致しますから」
美少女の口元が綺麗な弧を描くと、またぽおっと見惚れてしまう。こてりと首を傾けた美少女に、こくこくと頷くと、ぱあっと花が咲いたように笑う。
赤髪の美少女が目の前にお皿を置いた瞬間。
「わああ……っ! 可愛いっ!」
目の前には、鯉のぼりのオムライスが置かれていた。
ふわふわな卵にケチャップで鯉のぼりの鱗模様が描かれ、チーズと海苔で目玉を作ったオムライスは、見た目が可愛いだけでなく絶品だった。
野菜がたっぷり入ったポトフもしばらく何も食べていなかった胃を優しく温めてくれる。
温かな料理が、心に染み渡るようだった。
「ごちそう様でしたっ!」
「聖女様のお口に合って良かったです。お好みが分からず、たつや様のお好きなメニューを作らせて頂きました」
「せーじょ様、ほっぺたにケチャップついてるのー」
青髪の天使が小さな手で拭いてくれて、ほのぼのした気持ちになってしまうけど、お腹も心も満たされた今、説明を聞きたいなと思ってしまう。
背筋を伸ばして二人を見つめると、赤髪の美少女が頷いた。
「話すと長くなりますので、聖女様が知りたい事からお話致します。聖女様は何が知りたいですか?」
色々聞きたいことがあり過ぎて、ぐるぐる頭が混乱するけど、一番気になっていることは……
「まず、聖女ってなに? あと、貴方達はたっくんの鯉のぼりなのよね?」
いきなり異世界召喚され、偽聖女や仮聖女と呼ばれたのに、聖女がなにかも分からないままじゃ、どう怒っていいかも分からなくて、正直言うと悔しい。
「私達はたつや様の鯉のぼりでしたが、今は聖女様の、……聖獣です」
赤髪の美少女が、頬を赤らめて、はにかみながら答えた。