甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

4-3 聖女は村に滞在する



 雨の柔らかな匂いとカーテンの隙間から差し込む光が眩しくて、まぶたを開ける。
 あれから数日が経ち、光があふれるように村に降り注ぎ、薄茶色で立ち枯れていた草木は緑が輝くように生い茂り色濃くなっている。どんどん草木が成長していて、眩しいくらいの生命力を感じる。

「んん、まぶしいのー」

 私の腕枕で眠る、もふもふ龍のラピスが空色のふわもふのお腹を見せる万歳ポーズの手を顔の前に持っていく。ふわもふの誘惑に勝てるわけがなくて、そっと撫でると、くるぅくるぅと喉を鳴らし始めるラピスが愛おしくて、胸がきゅんきゅんしてしまい、ちゅっとキスをする。かわいいもふもふの天使。

「んん、かれんさま……すき、なのー」

 もにゃもにゃと寝ぼけた様子で、好きだと言うラピスに口元が緩んでしまう。ふわもふの空色のお腹や喉元を優しく撫で、やっぱり可愛いラピスにもう一度、ちゅっとキスを落として起き上がる。

「よしっ!」

 今日はすごく楽しみにしていたので、大きな声で気合いをいれたら「めっ、なのー」ともふもふ天使にもにゃもにゃ叱られた——。

 ◇ ◇ ◇

 ——数日前
 みんなの病が治った翌日に村を出る予定でいたのだが、安心して気が抜けてしまった私を見た三人から、念のためもう一日泊まることを勧められ、そう決めた。

 その日は、借りた家の周りにだけ、さつきの花が咲いていて、薄茶色の枯れ草木の中で鮮やかなピンク色のさつきはすごく綺麗で目立っていた。
 さらに翌日になると、村全体が新緑の明るい緑に包まれたように夏めいていて、狐につままれたような気持ちで目を瞬かせてしまった。

「ねえノワル、これって……どうしたのかな?」
「ああ。花恋様、あと一週間この村に滞在しよう」
「えっ? どうして? 私、元気だよ?」

 草木の若芽が心地よく風になびく村で、ノワルがどうして滞在延長をしてきたのか理由がわからなくて、戸惑ってノワルを見つめ返した。

「うん、そうだね。実はね、思ったよりも浄化作用が強いみたいなんだ」
「そうなんだ! それっていいことじゃないの?」
「うん。そうなんだけど、浄化はこの村を中心にされているんだ。もしこの村の土地だけ豊かになって、結界がなくなったら、どうなると思う?」

 ノワルに聞かれて、どうなるのかな、と腕組みをして考えてみる。
 彷徨いの森とは違って、立ち枯れていた薄茶色の景色やベルデさんの村の食料不足の話が頭を巡っていく。

「あっ、……魔物や野生動物が、村の豊かな土地に餌を求めてやってくる?」
「そうなんだ。ここまで瘴気が濃くて、痩せた土地ばかりだと、この辺りにいる魔物や野生動物が豊かになったこの村を目指して大量に集まってくる」
「だ、だめ! それじゃあ、みんなが助かった意味がなくなっちゃうよ!」
 
 たくさんの魔物——あの巨体の赤熊(レッドベアー)や野生動物が村にやってくるのを想像したら、怖くて怖くて目に涙が浮かんでくる。寒気がして、震えそうになった身体をノワルが優しく抱き寄せてくれる。
 あやすように頭をぽんぽんと撫でられ、ノワルの温もりがじわりと伝わると安心する。

「うん、だから一週間この村に滞在すれば、この辺りの森全体が浄化されて、豊かになると思うんだ」

 ノワルのひだまりみたいなぽかぽかした温かな腕の中で、話を聞き終えた。

 確かにこの村だけではなく、森全体が豊かになれば魔物や野生動物はほとんど現れないのかもしれない。
 だけど……。
 本当に、ベルデさんを殺してしまうような巨大な赤熊(レッドベアー)が絶対にこの村に現れない保証はないのだ。もし、もしも現れたら、村のみんなは助かるのだろうかと考えると気持ちはやっぱり沈んでしまう。

「花恋様、どうしたの?」
「ううん……。なんでもないよ」

 でも、村のみんなが心配だからと言って、ずっとこの村にいるわけにもいかない。すでに私のわがままでノワル達にベルデさんの薬草探しも手伝ってもらっているし、そろそろ登龍門に向けて出発もしなくてはだめだろう。

「それで、花恋様はどうしたい?」
「えっ?」 

 黙り込んでいたらノワルの柔らかな黒い瞳で覗き込まれる。これ以上、心配をかけたくなくて慌てて首を横に振った。

「花恋様、どうしたいか教えてくれる?」

 ノワルに真っ直ぐな眼差しを向けられるけど、見つめ返すことが出来なくて、目を伏せる。
 
「それとも、俺だと頼りないかな?」
「そんなことないよ!」

 弾かれたように顔を上げる。ノワルが困ったように眉をひそめていて、こんな顔をさせたいわけじゃないと強く思った。首を左右に大きく振って、大きく息を吸って吐いてから真っ直ぐにノワルを見つめる。
 いつもノワルは私の話にちゃんと耳を傾けてくれる。困っているときに困っていると言えば、一緒に考えてくれる。だから、私は一人で悩まないで、ちゃんとノワルに伝えよう。

「あのね、私たちが村を出て行った後にも結界は張れないかな? この村の人たちが魔物や野生動物に襲われないように出来たらいいなって思ったの」
「ああ、できるよ」
「……へっ? 出来るの?」
「うん。花恋様が手伝ってくれるなら、この村に結界は張ったままにできるよ。ただ、野生動物はある程度、森や村に必要だから魔物だけの結界でもいいかな?」

 目を大きく見開いてノワルを見つめていると、にこりと笑う。
 いいかな? と優しく黒い瞳で覗き込まれて、大きく縦に首を振った。
 
「花恋様、ちゃんと手伝ってね」
「うんっ! なんでもする! ありがとう、ノワル!」

 嬉しくて、嬉しくて、ぎゅっとノワルに抱きついたら春のぽかぽかしたひだまりの匂いに包まれる。ぴったりと寄り添うと、胸がきゅうきゅう音を立て始める。
 ノワルに甘えるように、おでこを擦り付けると甘い匂いも加わっていく——見上げると甘い眼差しのノワルの瞳と見合う。甘い予感にゆっくりまぶたを閉じる。
 ノワルの顔がゆっくり近づいて、優しく私の唇を塞いだ。

「ああ、もう……。花恋様はかわいいね——」

 嬉しそうに甘く瞳を揺らしたノワルが、再び近づいて、ちゅ、と甘い音を立てて何度か唇を啄ばみ、体温を感じるように唇が重なっていく。ノワルの甘い匂いと柔らかな感触に、心をとろりと甘くした——。
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