甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする
森を泳ぐ
2-1 聖女は彷徨いの森で彷徨いません
「まずは彷徨いの森を抜けようか」
ノワルの言葉に、みんなで歩き始める。
彷徨いの森と言われるので、どんなに恐ろしい森なのかと思い最初はびくびくしていたけど、時折そっと吹く柔らかな風や木漏れ日が差し込んでいる穏やかな森だった。
ラピスが、ぴょんぴょんとスキップするように跳ねて先頭を歩き、分かれ道になると、「こっちでいいー?」とロズに、こてんと首を傾けて確認している。
天使と美少年のやり取りが目に眩しい。
出発してからずっと長閑な光景が続いていて、ほのぼのした気持ちになる。
横を歩くノワルを見上げると、ノワルが視線に気付き、顔を向けてくれる。
「ねえノワル、彷徨いの森を抜けるのは、どれくらいかかるの?」
「早ければ二日、遅くても三日で抜けると思う」
広い森なんだな、と思いながら頷いた。
「彷徨いの森って普通の森と違うの?」
「そうだな。普通は、目印なしで彷徨いの森に入ると、正しい道への方角を見失って、一生この森を彷徨い続けて死ぬことがほとんどだよ」
「えっ?」
さらりとノワルが言った言葉に、もし三人に会えていなかったらと思うと、ふるりと寒気がして、思わず両腕をさすってしまう。
「それに彷徨いの森は、森の中に入った者の魔力を吸収するせいか、魔力濃度や時間の進み方が歪んでいるんだ。その影響で、この森の薬草の効能が高く、冒険者がギルドの依頼で摘みに来て、彷徨うことが多いかな。森の手前や奥によって少し変わるけど、彷徨いの森の一日は、森の外の一年くらいになるんだよ」
「ええっ? じゃあ三日かかったら三年経ってるの? たっくんに鯉のぼり返すの、すごく遅くなっちゃうよ……」
思わず涙目になり、足を止めてしまう。
ノワルの手が優しく私を引き寄せると、柔らかな感触が目尻の涙を掠め、驚いて涙が引っ込んだ。
くすりと柔らかく笑うノワルが、もう片方の目尻の涙を、ちゅ、と音を立てるように吸い取ると「前の二人には、内緒」と人差し指を唇に当てる。
その色っぽい仕草にも、顔に熱が集まってしまい、壊れた機械みたいに、こくこく上下に首を動かす。
ラピスとロズに気づかれないように、歩くのを再開させる。パタパタと手のひらで扇いで、頬の熱を冷ましていると、ぽんぽんと頭をあやすように撫でられる。
「普通なら、そうだよ。でも、花恋様は聖女だから普通じゃない。回転球のかんざしで、神様から結界を授かっているから、一日は一日だよ。それに、登龍門をくぐる時に召喚された時間に戻るつもりだから、この世界でかかった時間はあんまり関係ないかな」
「よかった、そうなんだね……」
たっくんの鯉のぼりを待たせずに返せることに、ほっと安堵のため息を吐く。
「花恋様、危ないよ」
ノワルに腰を引き寄せられ、優しく抱きしめられる。
目の前の道に視線を戻せば、ぬかるんでいた。ずっと同じような森の道を進んでいたので、あまり前に注意をしていなかったと気付く。
「ちゃんと見てなくて、ごめんね。……ありがとう」
ノワルの目を見つめてお礼を伝えると、にこりと笑って首を振る。
「花恋様は、旅慣れしていない女の子なんだから、無理はしないこと。ロズ、ラピス、そろそろ休憩にしよう」
「うん、ちょうど、お池があるのー」
「魔力池がありますので、そこで休みましょう」
すごく女の子扱いをしてくれるのが、恥ずかしいような、くすぐったい気持ちになるけれど、慣れない森の中を長歩きしたので、足が重たくなって来ている。
「かれんさまー、こっちなのー」
ラピスが小さな手で、私の手を引っ張ってくれる。
ぴょんぴょんと跳ねるようにスキップするラピスに手を引かれると、目の前の枝や長く伸びた草が避けるように道が開けて行く。
「これは、ぼくのまほうなのー」
不思議に思っていると、ラピスが得意げな顔をしながら教えてくれる。
両手を腰に当てると、青色の瞳をキラキラと輝かせる。
「えっへんなのー」
ラピスの様子があまりに可愛くて、くるくるな青い柔らかな髪を撫でてあげると、ふにゃりと嬉しそう笑う。
もっと撫でてと言うように、手のひらにぐりぐりとくるくるな青い髪を押し付けるので、しばらくラピスのくるくる頭を撫でる。
後ろを歩いていたノワルとロズも追いつき、枝や草が避けた道を抜けると、小さめな池にたどり着いた。
池の一面に、つんつんした緑色の葉っぱに、白色や赤紫色、青紫色、紫色の花が咲き誇っているのが目に飛び込んで来た。
「わあ! アヤメの花がいっぱい咲いてるね……っ!」
鮮やかな美しい光景に、思わず感嘆の声を漏らした途端。
「これは花菖蒲だよ」
「こちらは、花ショウブでございます」
「はなしょうぶなのー」
息の合った三人から、花菖蒲だと、にっこり笑って突っ込みをされてしまった。