彗星航路

「志彗先輩も、赤岩先輩だっけ? 背が高いからそれだけで威圧感があるっていうか。ちょっと苦手だなあって」梨穂は、両掌に収まりそうな小さなお弁当箱に視線を落とす。

「……確かに梨穂の身長だとそうかもしれないね」

「うん、百七十センチ超えてると、うわあってなっちゃう」

「でも悪い人達じゃなさそうだよ」

「んー、でも、本能的に怖いっていうのかな。ね。だから、碧衣が志彗先輩達のこと追い返してくれてホッとした」

 梨穂がお弁当を口に運ぶ。これ幸いと、私もお弁当箱を開けて沈黙の時間を稼いだ。

 梨穂は、男子が得意ではない。それは男嫌いとか何を話せばいいか分からないとかそんな単純なものではなく、一定以上の距離になるのが苦手なのだそうだ。小動物系ふわふわ美少女の梨穂と話すと、大抵の男子はその気になってしまう、そしてそれがそこはかとなく迷惑なのだと、そんな悩みがあるのだと打ち明けられたことがあった。男子と話していても可愛いと思われないどころか異性として意識されない、挙句の果てに好きな男子に「梨穂のほうが好み」なんて言われてしまう私にとっては羨ましい悩みだった。

 でも、だからって贅沢だと一蹴することはできなかった。それが原因で、梨穂は虐められていたこともあったらしいから。

「このまま、来ないでいてくれるといいんだけどな、志彗先輩達」

 でも、「そうだね」とまでは言えなかった。

 せめて、連絡先くらい聞いておけばよかった――そう思いながら、なんと返事をしようか悩んでいるとスターンと窓が開き「ごめん忘れものー!」と声も響いた。

 びっくり見上げる先の志彗先輩は、ニッと芸能人みたいにきれいに揃った歯を見せて笑った。

「LINE教えてよ、碧衣ちゃん」

 そのときの自分がどんな顔をしてしまったのか、そして梨穂がどんな顔をしていたのか、私は知らない。
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