彗星航路
「イテテテテッ! 放しなさいと言ってるだろう!」
三年間竹刀を振り続けた握力は、実に四十キロ超だった。
おじさんの腕を掴んだまま電車から引きずり下ろすと、騒ぎを聞きつけてやってきた駅員さんがその顔に困惑を張り付けていた。
「痴漢です」
「違う! 何かの間違いなんです!」
「私ではなくて別の子が被害者なんですが」
人々のざわめきの中に隠れるように、声を落とす。被害者の子は相変わらずギュッとリュックを抱きしめてホームに立っていたけれど、これなら野次馬に混ざることができるだろう。
「あそこの、水色のリュックを持っている私と同じセーラー服を着ている子です。痴漢被害に遭ったと大っぴらにされたくないと思うので、とりあえずこの人を連れて行っていただけませんか」
「あ、ああ、はい……」
困惑しっぱなしの駅員さんにおじさんを預け、しかし私も目撃者として駅員室まで来るように言われて、しばらくして本当の被害者の子がやってきて、それでもおじさんは認めないまま、警察まで呼ばれて大事になってしまった。
結果、解放されたのはお昼前だった。週明けから厄介なことに巻き込まれてしまって、午前中は何の授業だったかなあと思い返しながら、駅を出て学校へと歩いていたとき。
「あーおーいちゃん」
志彗先輩の声が聞こえた。飼い犬より素早く反応してしまった自信があったのだけれど、振り向くより先に、ひょいと、隣から顔を覗き込まれた。
今日も、その髪は透き通るような空色だ。背景の木々は春らしい柔らかい緑で、志彗先輩の透明感のあるきれいさと絶妙にマッチしていた。