彗星航路
「てか碧衣ちゃんに相談って」
「根本的に『痴漢された』って、他人に言いたくないじゃないですか。口に出すだけでもおぞましいし、言葉にすると余計に認識が明確になってしまって気持ち悪いですし」
「うん」
「だから親や教師みたいに保護者然としている大人って話しにくいんですよね、大人がする慰めとか心配って見当はずれなことも多いですし。だから、同性で同年代のほうが身近でいいんですよ」
プライバシーの観点から言えないけれど、それこそ部の同性の先輩なんて相談相手としてはうってつけだと思う。特に同性でありながら腕が立つなんて、我ながらこれ以上なく頼りがいがあったはずだ。
「犯人には逃亡されかけたんですが、当時は竹刀を持っていましたし、無事に捕まえられてよかったです」
早口で振り返る私に、志彗先輩は「うん」ともう一度相槌をうつ。
「でも俺が言いたいのはそういうことじゃなくて」
「ちゃんと人混みは避けましたし、カバン越しに当てたので犯人も大した怪我はしていませんでした」
「俺はね、碧衣ちゃんが危ないからやめなって言いたいんだよ」
驚いて見上げると“何言ってんの?”と言いたげな不審な目が私を見下ろしていた。
「……大抵のサラリーマン男性より強いと自負していますよ」
「そりゃ仕事しかしてない四十歳のオッサンよりスポーツはできるだろうけど、痴漢だからね? 何考えてるか分からない連中に手出さないほうがいいよ?」
これは、心配されている? 他の人からされることのない扱いに、柄にもなくドキドキして、髪をさわろうとして、短くしてしまったことに気が付いて誤魔化すために襟をつまむ。志彗先輩の前では、私はいつもこうだ。
「一説には声を上げられなさそうな大人しい子が狙われると聞いたことがありますから。私は大丈夫です」
「一説だからね、通説とは限らないし、そうだとしても例外はあるから。本当にね、痴漢なんて不審者と同じなんだから、何考えてるか分からないよ」
聞く耳を持たない私を心底心配するように、志彗先輩の双眸が険しくなる。その目を一人占めできるのが堪らなく嬉しくて「だとして私相手は分が悪いことくらい分かるでしょう」と虚勢を張った。