彗星航路
「それに、よく見ないと女子だなんて気付かれない顔ですから。今日の痴漢なんてセーラー服のスカーフを見ても女子だって分からなかったみたいで」
「目が腐ったオッサンだったんじゃないかなあ」
志彗先輩にとっては何気ない相槌が、今日も、私にとってはまるで金言だ。
「てか碧衣ちゃん、今日昼飯は?」
「昼休みには間に合うと思ったので、いつもどおり友達と」
「ああ、あのちっこい子ね。あの子、俺と七瀬のこと嫌いだよねえ」
嫌い……。直球の物言いに詰まってしまった。
「そういうわけじゃないんです。梨穂――細尾さん、男子が苦手らしくて」
「苦手、ねえ」
そうは見えない。そう言いたげな横顔で、企みごとでもするようにぺろりと下唇を舐める仕草があまりに官能的で、さっきとは別の理由で詰まってしまった。
「碧衣ちゃんは逆だよね、なんか男子は慣れっこって感じ」
「双子の弟がいますので」それに気づかれないよう、少し早口で返事をしてしまった。
「へーっ双子。双子ってやっぱ身内だけは見分けつけられるとかあるの?」
「少なくともうちの双子は外だと見わけがつかないらしいです。身内に言わせれば声も性格も違うんですが」
「あーやっぱね、そういうのあんだねえ」
「……先輩はご兄弟はいらっしゃるんですか?」
志彗先輩、と口に出そうとして、恥ずかしくてできなかった。パワフルな男兄弟が二人いても、先輩の名前を呼ぶことのハードルはちっとも低くなかった。
そのときだ。志彗先輩の無邪気な目に、一瞬影が差したのは。