彗星航路
それは本当に一瞬で「えー、どう見える?」と笑う。……見間違いだろうか? ただやはり、目は笑っていなかった。
「……お兄さんが、いますか?」
「ざーんねん、よく言われるけど、一人っ子です」
ぺろりと、今度は悪戯っぽく舌を出す。
「……意外です。先輩の立ち回りの上手さは兄姉がいる人独特のものだと思っていました」
「あーね、なんかそれっぽいこと言われたことある。でもね、一人っ子。年離れた従兄がいるくらいかな」
「従兄ってそんなに接点があるものですか?」
「市内に住んでたからね。今はもうどっか出てってんだけど。そのせいかもね、正月とか盆とかの度に会うし、こんな狭い田舎だとよく見かけるし、十歳くらい離れてたけど、ずっと微妙な距離感の兄貴がいる感じだった」
そのときの志彗先輩は妙に饒舌だったのだけれど、そのときの私は志彗先輩がたくさん喋ってくれていることにしか気付けずにいた。
学校に着いて、梨穂とお昼を食べながら遅刻の理由を話すと「さっすが、碧衣カッコイイ」と感嘆の息を漏らされた。
「中学のときもあったよね、痴漢退治したこと。あの後輩の子、完全に碧衣のファンになっちゃってた」
「大袈裟だよ、元から仲良い後輩だったし」
「今日助けたのは? また後輩?」
「さあ……」
うちの学校の、多分同級生だったと思う。その八割方の確信はあったのだけれど、例によって痴漢被害を喧伝されたい子はいないので濁すことにした。