彗星航路
第4話

 帰りの電車はいつもより混んでいた。入口の横を確保してほっと一息つき、腕を組んで背を預けて目を閉じる。ガタンガタンと電車が揺れるたびに、カタカタと頭が振動する。

 ゴールデンウィークは、何をしよう。部活は、弱小なだけあってしっかり休みを言い渡された。明後日は梨穂と約束があるけれど、それ以外はなにもない。ここ数日はベッドでぼんやりする日が続いていたから、読んでなかった本を読んでしまおうか……。

 乗換えまで少しあることもあって、少しうとうとしていた。

 ……あれ。

 その意識の中で、ぼんやりと違和感を覚える。

 体に、人混みにいるのとは違う感覚があった。半分寝ぼけている頭は、時間すら認識できていなくて、もう乗り換えるんだっけ、なんてことを先に考えた。

 でも、そうじゃなくて。乗り換えるとか乗り換えないとかではなく、何か規則的な動きがおしりから太腿にかかる違和感……。

 太腿。パチッと目を見開いたけれど、それで事態を認識できたわけではなかった。見えたのはありふれた満員電車の光景だったし、窓の外には地下の暗い壁が続くばかりで――。

 スカートの上からおしりと太腿の境界を行き来していた感覚が、スカートの裾を超えて太腿に直接触れた。それが人の指だと分かった瞬間、ざらりと、心を砂が撫でるような感覚がほとばしる。

 これは、つまり、そういうことだ。頭には状況を示す二文字が浮かんだけれど、それだけだった。何をすればいいのか分からない。何か言えばいいのかもしれない、でも何を言えばいいのか分からない。次の駅にはいつ着くのだろう、着いたら逃げられるのだろうか。

 相手は誰だろう。この間捕まえたのと同じ人だろうか。でも捕まったらしばらく捕まったままになるんじゃないっけ。いや、でも二、三日で出てくるパターンもあるってテレビで見たような気もする。全然違う人だとしたら、顔を見ておかなきゃいけないのだろうか。そうじゃないと捕まえられないのだろうか。でも、顔を見ておかなきゃいけないのだとしたら。

 怖くて無理。

 背筋を虫が這い上るような悪寒が走ったとき、電車が減速し始めた。ガラガラのホームに電車が滑り込み、やがて止まる。

「〈北山駅、北山駅、お出口は右側です――〉」

 扉が開き、アナウンスが響いた。私の体は動かなかった。
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