彗星航路
「え?」
「一緒に降りよ、オッサン」
その声はどちらも私のものではなかった。驚く私の前で、うちの高校の学ランを着た男子が、しわの寄ったスーツの背が低いおじさんの胸座を掴んで電車を降りた。
「おい、おいおい、なんだよ!」
「すいませぇーん」
その二人が、駅係員の姿をした男の人と話している。私からは男子の顔が見えなくて、代わりに五十歳手前くらいのおじさんが「謝りなさい!」と怒る横顔だけが見えていた。電車から降りた人達は、その騒ぎに顔を向けたり足を止めたりして「喧嘩?」「怖いね、おやじ狩りかな」「駅でもあるんだ」とコメントし、電車からも「〈少々停車いたします――〉」とアナウンスが聞こえた。
呆然としていた私は、学ランを着ている男子の頭が水色だと気が付くのにしばらくかかった。
「〈大変お待たせいたしました……〉」
「先輩!」
扉が閉まりかけた電車から転がり落ちるように降りると、志彗先輩も含めて三人分の顔が私を見た。その瞬間、スーツを着たおじさんの顔がひきつったように見えた。
「すみません、いまちょっと取り込み中なんで、部外者の方は――」
「私、です」
声をかけた瞬間、志彗先輩の眉が少し眉間にしわを作った。なんで出てきちゃったの、そんな顔だった。
「私、が、さわられたんです」
「なんだよ、美人局かよ、高校生のガキがさあ」
顔を赤くしたおじさんが唾を飛ばして怒鳴る。酔っぱらった色ではなく、怒って頭に血が上っている色だった。
「学校と名前を言え!」
怖い。思わず首を竦めてしまった。相手が知らないおじさんだというのも、私は顔を見ていなかったけれど、痴漢の犯人だというのも怖かった。