彗星航路
「美人局じゃなくてえ」
私とおじさんの間に志彗先輩が割り込んだ。
「オッサンがキモい面して女子高生の隣にぴったりくっついて、必死に手動かしてたからさあ」
喋り方は気だるげだったけれど、その声には私でも分かる苛立ちが含まれていた。
「ちょっと調べてよ」
「何を馬鹿な。高校生のガキと違ってなあ、こっちは仕事してきて疲れてるんだ。今すぐ謝れ。そうすれば学校には連絡しないでやるから」
「オメーが謝れよ、オッサン」
「まあちょっと、落ち着いて」ようやく駅係員の男の人が間に入って「真偽のほどは定かではないにしろ、ここで話すのもなんですから、係員室に来ていただいて」
「俺がやったって言いたいのか? ふざけるなよ」
「いえそれも含めてですね、ここでは人目もありますので一度係員室に来ていただいたほうがよろしいかというお話でして」
「それ時間がかかるんだろ。んじゃちょっと、先にトイレ行かせてくれ」
「馬鹿言ってんじゃねーよ」
駅係員の人が頷きかけたのを、志彗先輩が遮った。
「痴漢は繊維鑑定されたらアウトだってさあ、たまにドラマでやってるよな。オッサン、スカートの上から触ってたし――手洗いたいってことだろ? 触ってましたって言ってるようなもんだぜ」
志彗先輩の背中に隠れていた私には、おじさんの顔は見えなかった。でも「馬鹿を言うな!」という声は掠れていたし、おじさんはトイレに行かせてもらえなかった。
私は、ずっと志彗先輩の学ランの裾を掴んでいたのだと、駅係員室で座った後に気が付いた。