彗星航路
警察を呼ばれ、話を聞かれ、おじさんが逮捕され、私と志彗先輩が解放されたときには、外はすっかり暗くなっていた。親が迎えにきてくれるのを待って座る私の隣で、志彗先輩も黙って座っていた。先輩は足が長くて、あのおじさんも小柄ではないのに小さく見えたのは、志彗先輩の背が高いからだと気が付いた。
沈黙が落ちたままだった。何を話そう。まずはありがとうございました、だろうか。巻き込んでしまってごめんなさい、が先かもしれない。
「……先輩、迷惑かけてすみませんでした」
「え、迷惑? 迷惑かけたのはあのオッサンじゃない?」
先輩はどこか憮然としていたけれど、駅のホームに立っていたときよりもいつもどおりだった。そのことにホッと胸を撫で下ろす。
「……私一人で対処できなかったので」
「そんなん当たり前じゃん、怖い思いさせられたんだし」
怖い。その言葉を聞くと、ぶるっと背筋が震えた。私のおしりから太腿は、その感触を覚えていた。
「……よく、分かりましたね」それを忘れるために、必死に口を動かした。
「なにが? ……ああ、あのオッサンが?」
「……電車、満員だったので、あんまり手元って、見えなくないですか」
「警察みたいなこと言うね、碧衣ちゃん。俺、扉挟んで正面に立ってたんだけど、やっぱり気付いてなかった?」
まったく気付かなかった。首を横に振ると「そんで俺らの間に立ってたの、女の人ばっかりだったから背低くて、オッサンの手元が見えたんだよね」と志彗先輩は指で視線のラインを作ってみせた。
「最初は碧衣ちゃんだって気付いただけだったんだけど、人多いから声かけらんないじゃん。LINEしよっかなって思ってたら、顔色悪かったから、なんかあったのかなって」
「……すみません、らしくないことで手を煩わせてしまって」
「“らしくない”?」
意味が伝わらなかったのかと思ったら「らしいもらしくないもないでしょ、犯罪に遭うのにさ」と、志彗先輩は、宥めるように目元を柔らかくした。でも私のほうを見てはいなかった。