彗星航路
「てか碧衣ちゃん、前にも遭ったことあるんじゃないの?」
誰にも話したことがなかったので、びっくりして目を瞬かせてしまった。
「だから余計怖かったんじゃない」
「……なんで、分かったんですか?」
「この間痴漢捕まえたって話してたときの碧衣ちゃん、ちょっとおかしかったから」
……そのとおりだった。
正確には、電車で痴漢に遭ったことはない。帰り道を歩いているときに、突然後ろから胸を触られたことがあった。だから電車で、しかも他の人が被害に遭っているのを助けるのは、そんなに怖いことではなかった。
でも、その手の被害を一般論として口にするとき、私がされたことも含まれているせいで、少し、背筋が震える。
「だから、碧衣ちゃんが痴漢捕まえるなんてやめといたほうがいーんじゃないって話したのに。それと今回のは関係ないけど」
いつの間にか、私は膝の上で拳を握りしめていた。
「碧衣ちゃん、女の子なんだし」
たったそれだけの、当たり前のことを言われただけで、耳を赤くした私に。
「なに、どうかした?」
先輩は、何を思っただろう。
「……せ」
「せ?」
「――繊維鑑定なんて、よくご存知でしたね!」
自分が何を口走ろうとしたのか。これは“マズイやつだ”と気付き、とにかく誤魔化さなければならないと判断した。幸いにも、顔は赤くなっていないままだった。