彗星航路

「てか碧衣ちゃん、前にも遭ったことあるんじゃないの?」

 誰にも話したことがなかったので、びっくりして目を(しばた)かせてしまった。

「だから余計怖かったんじゃない」

「……なんで、分かったんですか?」

「この間痴漢捕まえたって話してたときの碧衣ちゃん、ちょっとおかしかったから」

 ……そのとおりだった。

 正確には、電車で痴漢に遭ったことはない。帰り道を歩いているときに、突然後ろから胸を触られたことがあった。だから電車で、しかも他の人が被害に遭っているのを助けるのは、そんなに怖いことではなかった。

 でも、その手の被害を一般論として口にするとき、私がされたことも含まれているせいで、少し、背筋が震える。

「だから、碧衣ちゃんが痴漢捕まえるなんてやめといたほうがいーんじゃないって話したのに。それと今回のは関係ないけど」

 いつの間にか、私は膝の上で拳を握りしめていた。

「碧衣ちゃん、女の子なんだし」

 たったそれだけの、当たり前のことを言われただけで、耳を赤くした私に。

「なに、どうかした?」

 先輩は、何を思っただろう。

「……せ」

「せ?」

「――繊維鑑定なんて、よくご存知でしたね!」

 自分が何を口走ろうとしたのか。これは“マズイやつだ”と気付き、とにかく誤魔化さなければならないと判断した。幸いにも、顔は赤くなっていないままだった。
< 25 / 41 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop