彗星航路
「あれ、私知らなかったんですけど、先輩、物知りですよね」
でも、喉が熱く、声までが熱を帯びてしまった気がした。
「私が知ってるのアレくらいです、ルミノール反応」
「ああ、あれねー、ウソウソ。ハッタリ」
気付かずか、気付いて気付かぬふりか、とにかく志彗先輩はいつもの朗らかな笑みを浮かべるだけだった。
「ウソ、ですか?」
お陰で私も少し冷静さを取り戻し始めた。
「繊維鑑定ってのはあるらしいよ。でも、これやれば百パーアウトってわけじゃない」
「……痴漢の犯人でも、鑑定でクロとは言えない場合があるってことですか?」
「なんならそのほうが多いらしいね。だからあれはどっちかいうとオッサンを揺さぶるためで。ほら、あの後のオッサン、話が二転三転してたじゃん」
私と先輩が知り合いなのを見て美人局だと怒鳴り、しかし駅員室では手が当たったかもしれないと言い始め、やがて自分のカバンだと勘違いして触っていたものが私だったのかもしれないなどと意味の分からないことを口にしていた。
「ああいうの、よくないんだって。まあでもあのオッサン、多分常習だよ。じゃなきゃ鑑定とか知らないし、手洗おうってのがいかにも短絡的てか、逆ギレの仕方もそうだし」
「……なんでそんなに詳しいんですか?」
志彗先輩のいうのは、要は「犯人だと自白しているようなもの」で、でも私には説明を聞いてもよく分からなかった。
「あー……知り合いの弁護士に、興味本位で聞いたことある」
「弁護士の知り合いなんているものなんですか?」
そんなもの、バラエティ番組のコメンテーターにしか存在しないものなのだと思っていた。