彗星航路
驚く私を見て、志彗先輩は少し止まった。まるで、予想外の反応をしたかのよう――《《普通は》》弁護士の知り合いはいないなんて考えていなかったかのようだった。
「たまたまね、たまたま」
それを誤魔化すように、笑う。
それを踏まえて考えてみると、志彗先輩には不思議なところがあった。
制服姿はだらしがないのに、それは着こなしだけで、ティシャツも含めてくたびれてなどいない。学ランには目立った毛羽立ちや汚れもなく、いつもきれいに手入れされている。シャツだって洗剤のCMみたいに真っ白で、形状記憶の力が届きにくいところまでピシリとアイロンが当たっている。耳についている小ぶりのピアスにも、安っぽさがない。
しかも、クラスの子は志彗先輩を「二年で一番バカ」だと言っていたけれど、喋っている内容を聞いているとそうは思えない。口調だってそうだ、どことなく上品というか、乱暴な言葉を遣わない。
もしかして、志彗先輩って、いいところのお坊ちゃまなんだろうか。それこそ、親が弁護士とか……。
「あ、碧衣ちゃん、これ聞いたからってまた痴漢に立ち向かおうとしちゃだめだよ」
「次は大丈夫です」
強がりながら、また、声が熱を帯び始める。
「だーめ。今日のオッサン見て分かったじゃん、ヤッたことヤッてねーって逆ギレできる人間と関わると危ないよ」
お母さんが迎えに来てくれて、話はそれっきりとなった。お母さんは志彗先輩の身形にびっくりしていたけれど、痴漢から助けてくれたの一言でするりと信頼したらしく、何度もお礼を言っていた。
その夜、ベッドに寝転がったまま、私はスマホとにらめっこをする。時刻を確認すると、かれこれ一時間近く、私は「シスイ」と表示されたトーク画面を睨んでいたらしい。
「今日はありがとうございました」「助けていただいてありがとうございました」「先輩のお陰で助かりました、ありがとうございます」……似たような文案を書いては消しを繰り返し、結局「今日は助かりました、ありがとうございました」とやはり今までの文案と大差ない内容を打ち込んだまま、送信ボタンを押せずにいる。