彗星航路
第5話
 五月中旬、全校一斉体力測定の日の終盤、五十メートル走の順番を待ちながら体育委員の子の代わりに記録ボードを持っていると、パンッと後ろから軽く肩を叩かれた。大きい手だった。

「やっほう、碧衣ちゃん」

 聞き間違いようのない、志彗先輩の声だった。

 ということは、志彗先輩の手だ。ポーカーフェイスが(ほころ)びそうになったのを慌てて隠しながら「こんにちは」と振り向くと、隣には赤岩先輩もいた。私の隣では、梨穂が少し硬くなって黙りこくっていた。

「今から五十メートル走るの?」

「はい」

 私と梨穂の後ろでは、クラスメイトが走り出したところだった。走っていない子達は「志彗先輩と七瀬先輩だ!」「かっこよ!」と感嘆の声を上げている。

「先輩方もですか?」

「そうそう。俺達速いよ、見てたら惚れちゃうくらい」

「滑ってんぞ」

「やめて傷つくから」

 赤岩先輩が鼻で笑ってくれて助かった。そうでなければ何を言えばいいのか分からなかった。

「碧衣ちゃんどうなの、順調?」

「順調といえば順調で……」

 志彗先輩が記録ボードを覗き込む、その瞬間にふわふわの水色の毛先が頬に触れそうになり、心臓が跳び上がった。志彗先輩の髪は、初夏の陽光に照らされるといつも以上に透き通ってきれいだった。
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