彗星航路
「え、七瀬より強いじゃん」
ガンッとぶん殴られたようなショックが走る。
左右ともに40kgを超える握力は、時に男子の力をも上回る。剣道部元主将の名は伊達ではない。
「あー、大丈夫だよ碧衣ちゃん、七瀬、こう見えてひ弱だからさ。腕相撲とかめちゃ弱いよ」
「お前はゴリラだもんな」
「いやァ、先輩としては後輩女子に握力負けるわけにはいかないからねぇ」
“女子”……。その言葉と、見せつけられた先輩の記録ボード“握力52kg”に顔を輝かせてしまいそうになる私は、我ながらちょろい。
「お、五十メートル走空いた、んじゃね碧衣ちゃん、残りも頑張って」
「ありがとうございます」
私達が走るレーンの向こう側に、志彗先輩は颯爽と身を翻してしまった。先輩も頑張ってください、そう付け加えたかったのに……。
「碧衣、次の次、私達だよ」
「うん」
体育委員の子に記録ボードを渡し、梨穂に引っ張られ、レーンに並ぶ。視界の隅で水色の頭を追っていると、黒い頭と一緒にこちらを見ているのが分かる。クラウチングスタートの構えをしながら、大して暑い日でもないのに、頬が熱くなった。