そして外交官は、契約妻に恋をする
 現在夕方の四時。あと一時間ほどで、喜代子さんが来る。それまでに終わらせなきゃいけない作業を優先させよう。

 母からのメッセージを頭の隅に追いやり、料理に集中する。

 あらかた見通しがついたところで、ガラガラと引き戸が開いた。

「お疲れさまっす」

 顔を出したのは、喜代子さんの息子で大学生の良武(よしたけ)くんだ。彼は今大学四年生だが、途中大病を患い休学していたため、年齢は二十六歳になる。親孝行な息子さんで、夜は接客を手伝っている。

「お疲れ様です。早いですね」

「休講だったんですよ」

 彼はいずれこの店を継ぐつもりでいるらしい。店の奥にある物置でエプロンをつけてくると、早鍋を覗き込んだ。

「これはもう大皿に盛り付けていいのかな?」

「はい。お願いします」

 大皿はそれだけで結構重たい。そこにたっぷりと煮物を盛りつけると、私の力ではカウンターには乗せられず一旦置いてから盛るのだが、彼は軽々と皿を持つ。

「筑前煮、うまそー」

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