そして外交官は、契約妻に恋をする
「でも、綺麗な部屋だ」

 小さく微笑んだ香乃子はよいしょと、子どもを抱き上げた。

 ファミレスであの子を初めて見たときは、感激して叫び出しそうになるのを必死で耐えたが、喜びとは裏腹に実感が湧かない。

 香乃子は小さな椅子にまりんを座らせた。俺はまりんの椅子のすぐ近くに移動する。

「まりんはどういう字を書くんだ?」

「あ、それは」

 戸惑った様子の彼女は、メモ用紙を取り出し【真倫】と書いた。

 えっ? この字は。

 香乃子を振り向き、期待に胸が弾んでしまう。

「すみません。勝手に真司さんの一字をもらいました」

「謝らないでくれ。うれしいよ。俺はすごくうれしいんだ」

 戸惑ったように香乃子は瞼を落とす。

 真倫が椅子に付いているテーブルをぱたぱたと叩く。「ばぁぶー」と意味のわからない言葉を発しているが、顔は笑っているのでご機嫌なようだ。

「ちょっと待ってね。ミルクを用意するから」

 なるほどミルクの時間なのか。

 それから俺は真倫にミルクをやる大役を任された。
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