そして外交官は、契約妻に恋をする

 膝の上で哺乳瓶をチュパチュパと吸う真倫は、俺をジッと見ている。

 小声で「パパだぞ真倫、ちゃんと覚えてくれよ」と囁いた。

 この小さな体を絶対に離したくない。なんとしても香乃子を説得しようと決意を新たにした。

 香乃子は俺のために生姜焼きを作ってくれた。豆腐とワカメが入った味噌汁。ホウレンソウとニンジンの胡麻和え。もずく酢もある。

 久しぶりの彼女の手料理だ。

「美味そうだ。日本に帰ってきたって気がするよ」

「あ、そういえば。ロンドンではもずく酢食べませんでしたね」

「そういえばそうだな」

 もともとイギリスでは海藻を食べる文化がない。アジアの食材を置いてあるスーパーでなければ、もずくを目にすることはない。

 早速味噌汁を飲んだ。

 ひと口で記憶が蘇る。ああ、この優しい味付けだ。香乃子がいなくなってから、俺はずっとこの味に飢えていた。

「絶品だ。やっぱり美味いな、君の料理は」

 クスクスと彼女が笑う。

「ん?」

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