そして俺は、契約妻に恋をする
「すみません」

 それだけ言って彼女は食事を進める。電話の相手は?聞かなければ教えてくれないのか。

 いったい誰に南蛮漬けをふるまったんだ。

 今更のようにふと思った。

 もし、彼女に好きな男がいたとしたら……。

「――私、友人の紹介で、小料理屋の料理人をしているんです」

「小料理屋?」

「はい。開店前に料理を作るだけ作ってカウンターに並べたり。真倫がいるので接客はできませんが」

「そうなのか」

 なるほど今の彼女の置かれた環境ならばちょうどいい仕事に違いない。

 聞きたくてうずうずしている俺の気持ちを察したのか、その小料理屋の主人が事故で料理ができなくなり一時的にそこで働き始めたなどと説明してくれた。真倫が生まれてふた月ほど経った頃だったのでタイミングがよかったと。

 それまで妊娠中は体調に合わせて短期のアルバイトをしていたそうだ。

「大変だったな。これまで」

「いいえ。自分で選んだ道ですから」

 いや。俺にも責任がある。

 食事がひと通り済んだところで、俺は食器洗いを申し出た。

 その間に彼女は真倫を寝かしつける。

 さあいよいよだ。なぜ、こうなってしまったのか。話を聞かなければ。




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