そして外交官は、契約妻に恋をする
▼香乃子
眠れないほど悩んだのに――。
ことことと音を立てる鍋の湯気が、私の吐いた溜め息を掻き消してゆく。
サバの味噌煮から甘辛い匂いが立ち上り、ガスを止めた。
『俺は君と離婚する気はない』
彼ははっきりとそう言った。
私が離婚を決めた理由は母にしたのと同じように、最初からそういう約束だったからと言ったのに、彼には通用しなかった。
『じゃあ君は一年という約束じゃなければ俺と結婚しなかったのか?』
そう聞かれて返事に迷った。
『もともと私に拒否権はありませんでしたから、望まれれば結婚はしたかもしれませんが、でも真司さんも一年だから私と結婚したんですよね?』
彼だって最初からそうだったはず。でなければ一年なんて言い出さないはずだ。
なのに真司さんは大きくかぶりを振った。
『違う。俺はどうしても君と結婚したくて。一年と言えば君の気持ちが軽くなると思ったからそう言っただけだ』