そして外交官は、契約妻に恋をする
 夕方六時頃にドアを叩く音がして、吸い寄せられるようにしてドアを開けてしまった。

 見知らぬ若い男性が立っていて『近くで美容室をオープンしたのでよろしくお願いします』とチラシを置いていった。不審者ではなかったからいいようなものの、チェーンずらせずにドアを開けてしまうなんて。

 後になって無性に怖くなった。

 普通の人に見えた男性が、もし悪人だったら。通りに面しているアパートとはいえ、この部屋は奥まっている。防犯ベルを買っておくべきだったか。外から聞こえるわずかな物音に怯え真倫を抱くと、不安が伝わったのか真倫も泣き出した。

『泣かないで大丈夫だよ』と布団を被って抱きしめていると、悲しくて、寂しくて涙が頬を伝わった。

 自由を手に入れたと夢中で毎日を過ごしてきたけれど、時々振り返ってしまう。

 真司さんと過ごした楽しかった日々。

 しっかりしなきゃ。

 緊張したせいで浮き足立っていた気持ちも落ち着き、冷静さを取り戻した。

< 146 / 236 >

この作品をシェア

pagetop