そして外交官は、契約妻に恋をする
 別れを受け入れる準備はとっくにできているのだから。

 目の前の料理に集中する。旬の魚、桜鯛のポアレに添える茹でた菜の花と菜の花のソース。カブのそぼろ餡ももうすぐ出来上がる。失敗もなく順調だ。

 不意にガラガラと店の扉が開く音がして、驚いて心臓が跳ねた。

「あ、喜代子さん。お疲れ様です」

「ご苦労さま」

 ありえないのに真司さんかと思ってしまった。

 またしてもおかしな期待をした自分を、ダメじゃないと心の中で戒める。彼はもう来ない。それでいいのだ。

「いい匂い」

 時計を見ればまだ夕方の五時だ。喜代子さんがいつも来る時間よりも早い。彼女は持ってきた袋から何枚かお皿を取り出し、古い皿との交換を始めた。

「今日は時間があったから買ってきたの。端が欠けている器が増えてきちゃって」

「素敵な器ですね」

 以前から思っていたが、店で使っている器はどれも素敵だ。おそらく陶芸家の手作りの器だろう。

「知り合いの陶器屋さんに頼んでおくの。いい器は料理を引き立ててくれるからね」

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