そして外交官は、契約妻に恋をする
 今日も彼には世話になった。急だったため百貨店だけでは運び入れる人員が確保できず、仁に相談すると人手のほかトラックまで用意してくれたのだ。

「いえ、いいんですよ。ロンドンでは世話になりましたし」

「いや、あれは仕事の一環だ」

 彼はロンドンに来る要人の警護の仕事で来ていて、現地の警備会社についての情報を知りたがっていた。警備なら仕事柄よくわかっている。邦人が危険な目に遭わないよう尽力する意味でも協力したのだった。

「おかげでおかしな奴らと契約せずに済んだんですから、これくらいおやすいご用ですよ」

 仁が掴んできた情報により、彼女は飲食店で調理人をしているとわかった。だが――。

「なぁ仁。お前、香乃子が子どもを産んだの知ってただろ」

 仁はにんまりと目を細めてコーヒーをひと口飲むと、ゆっくりと口を開いた。

「俺の口から報告するのもどうかと思いまして」

 それもそうだ。仁の気持ちはわかる。

 ロンドンの地にいて子どもの存在を知ったら、俺は途方に暮れただろう。

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