そして外交官は、契約妻に恋をする
 母の呼ぶ声で、意外なほど盛り上がっていた話は中断する。

 本を戻した彼は「俺の船に……」と呟いた。

 船? もしや神宮寺家でクルーザーを持っているとか。それとも聞き違い?

「いや」

 微笑んだ彼は、スッと手を差し出す。

「香乃子さん、これからよろしく」

 握手。これから結婚する人とする挨拶にしては、随分他人行儀である。

 でも私たちは恋人でもないし、ましてや愛し合う二人でもない。いわばビジネスパートナーのような結婚には、ちょうどいいのだろう。

「よろしくお願いします」

 彼の手にそっと自分の手を合わせた。

 にっこりと穏やかな微笑みを向ける彼と、握手の手を揺らす。

 強からず、弱からず。手から伝わる温もりが、優しい未来を予感させる。

 この人となら、案外楽しい日々を送れるかもしれない。

 私は初めてこの結婚にわくわくと胸を躍らせた。


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