そして外交官は、契約妻に恋をする
 仁から聞いていた通り、明るい女将と元気のいい若い男が切り盛りしていた。長いカウンターに並ぶ料理の数々はどれも美味しそうで、彼女が作ったと思うと全部食べてみたかったが、ひとまずおばんざい盛り合わせを頼んだ。

『こちらは桜エビのクリームコロッケです。人気なんですよ』

 ほかに新ジャガイモの甘辛煮、菜の花の辛子和えなど春らしい優しさ溢れるメニューに、自ずと顔が綻んだ。

 思わず『美味しそうだ』と声を出すと、女将が『ええ、美味しいですよ。うちの自慢の料理人が作っていますから』と微笑んだ。

 常連客らしき男が『かのちゃんが店に立ってくれたらなぁ』などと言い、女将が『私じゃ不満ってか?』と笑いが起きていた。香乃子は〝かのちゃん〟と呼ばれているらしい。

 俺がその香乃子の夫なんだと言いたいのをこらえ耳を傾けていると、話の様子では、ごくたまに彼女は夜七時前の早い時間なら真倫を背負ってお店にいることもあるようだ。

< 161 / 236 >

この作品をシェア

pagetop