そして外交官は、契約妻に恋をする
 あまりも彼が自然で、ロンドンでの暮らしが昨日のことのように思える。

 料理を見てまるで子どもみたいに瞳を輝かせる彼に、クスッと笑ったときだった。ドアがコンコンとノックされた。

 ハッとして立ち上がり、足音を立てないようにして玄関に向かう。

『香乃子、気をつけてね。最近この辺りで泥棒が入ったみたいなの』

 リエちゃんから聞いたばかりだ。嫌な予感がする。夕方や夜の訪問なんて、そうそうあることじゃない。

 返事をせずにドアののぞき穴を見て、ギョッとした。

 警察官の制服を着た男性と女性が、あたりを見回しながら立っていた。

 チェーンをしたままドアを開けると、女性警察官がにっこりと微笑んで一歩前に出た。

「こんばんは。夜分すみません。実は――」

 上の階に空き巣が入ったらしい。夕べ上の住人は外泊したらしくいつ頃泥棒が入ったのかわからないという。

「物音などは聞いていませんか?」

「あの……。夕べというか、明け方近くに上から物音が」

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