そして俺は、契約妻に恋をする
 上の階の人はふたりともほとんど顔を合わせる機会はなかったが、時々、二階からドスンと何かが落ちるような音がしたり、怒声を聞いたことがあった。それでも隣の部屋の女性が優しかったので、あまり不安にならずに済んだのだ。その女性もいないくなると思うと不安で仕方がない。

 雑談を終えて、ひとまず部屋に入ろうとして気づいた。

 鍵穴ががちゃがちゃになっていたのだ。

 ゾッとしながら慎重に鍵を開けると、どうやら鍵は掛かったままだったようで、ほんの少しだけホッとした。

「香乃子、このまま家に帰ろう」

 真司さんが深刻な表情で私を見つめる。

「鍵穴、どう考えてもおかしい。危険だ」

 わずかに残っていた踏ん張りも、鍵穴がダメ押しになって崩れ落ちた。

「大事な荷物だけ持って行こう。あとは俺は業者に頼むから。大丈夫心配ない」

 労わるように肩を抱かれるまで、震えていたと思う。

 ここに彼がいてくれて本当によかったと感謝しながら、私はゆっくりとうなずいた。



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